普段神様を信じない人にも、この世界の終わりは来ます。そしてイエス様が地上に来られることは誰にでもはっきりわかるようです。今まで信じなかった人には恐怖の日になり、全ての国が震えると聖書は言います。
(1-3節) |
ああ、あなたが天を裂いて降りて来られると、山々はあなたの御前で揺れ動きます。
火が柴に燃えつき、火が水を沸き立たせるように、あなたの御名はあなたの敵に知られ、国々はあなたの御前で震えます。
予期しない恐ろしいことをあなたが行われるとき、あなたは降りて来られ、山々はあなたの御前で揺れ動きます。
(黙示録6:15-17)
地上の王、高官、千人隊長、金持ち、勇者、あらゆる奴隷と自由人が、ほら穴と山の岩間に隠れ、山や岩に向かってこう言った。「私たちの上に倒れかかって、御座にある方の御顔と小羊の怒りとから、私たちをかくまってくれ。御怒りの大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。」
このような聖書のことばを読んで「やばい」と思う人は神様が与えてくださる警告に答えることができます。自分が汚れているし罪深い、とわかる人は神様の聖霊を受けています。(ヨハネ16.7-8)預言者イザヤは自分たちの国の罪を神様に告白する祈りをしています。
(5-9節)
実にあなたは、激しく怒られました。私たちはその道で久しく罪の中にいたのです。私たちは救われるでしょうか。
私たちはみな、汚れた者のようになり、その義はみな、不潔な衣のようです。私たちはみな、木の葉のように枯れ、その咎は風のように私たちを吹き上げます。
しかし、あなたの御名を呼ぶ者はなく、奮い立って、あなたにすがる者もいません。あなたは私たちから御顔を隠し、私たちの咎によって、私たちを弱められました。
しかし、今、主よ、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの御手のわざです。
主よ、どうか激しく怒らないでください。いつまでも、咎を覚えていないでください。どうか今、私たちがみな、あなたの民であることに目を留めてください。
僕らが「このままではやばい」と神様の裁きを恐れるのは聖霊の働きです。罪を黙っていると恐怖や不安に押しつぶされます。
逆に、自分の罪を認めて告白する人は赦され、幸いだ、と聖書は繰り返しています。
(詩篇 32:1-5)
幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。
幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、心に欺きのないその人は。
私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。
(…中略…)私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。
私は申しました。「私のそむきの罪を主に告白しよう。」すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。
「やばい」と思える人は幸いです。神様の怒りと裁きの日が来ます。
罪を認めて告白し謝る人は赦されます。イエス様は言われました。
(ヨハネ12:47)
わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。
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