間もなく爆破されると分かっていたら、誰でもそこから逃げます。同じように聖書は神様による破滅を警告しています。僕らは破滅するものから逃げるべきです。神様は天から降りてきて、全ての悪についてはっきりと証言し、偶像を破壊し罪と悪を一掃されます。
(2-4節)
すべての民族よ、聞け。地とそこに満ちているものたちよ、耳を傾けよ。神である主は、あなたがたのうちで証人となり、主はその聖なる宮から来て証人となられる。見よ。主は御住まいを出、降りて来て、地の高い所を踏まれる。山々は主の足もとに溶け去り、もろもろの谷は裂ける。まるで、火の前の、ろうのように。坂に注がれた水のように。
この預言がされた時代、イスラエルは偶像礼拝と淫行がビジネスとして繁栄し、たくさんの立派な偶像の神殿があったようです。しかし、それらは完全に破壊され土台まで焼き尽くされます。今の時代も同様です。神様以外を頼り、淫行が儲かる世界は消え去ります。
(6-7節)
わたしはサマリアを野にある瓦礫の山とし、ぶどうを植える畑とする。その石を谷間に投げ込んで、その基を暴く。
その刻んだ像はすべて打ち砕かれ、儲けはみな火で焼かれる。わたしはその偶像をすべて荒れすたらせる。それらは遊女の儲けで集められたのだから、遊女の儲けに戻る。
破滅が分かったら罪から離れ、罪は捨ててそこから逃げるのみです。罪を持っていることを認めて謝る人は赦され、それを捨てることができます。当時、神様に謝り悔い改める表現として頭を剃りました。自分のためだけでなく、次の世代のためにも子どもたちのためにも罪を悔い改めて捨てるように教えます。
(16節)
頭を剃れ。あなたが喜びとする子らのために、その剃ったところを、禿鷲のように大きくせよ。彼らは捕らえられて、去って行くからだ。」
この預言を聞いた人は「たわごとを言うな」と言ったようです。彼らは神様の破滅はない、と反論します。神様は祝福してくださるはず、と言うへ理屈です。
(2章6節)
「たわごとを言うな」と彼らはたわごとを言う。「そんなたわごとを言ってはならない。辱めを受けることはない。」
今も「罪も大丈夫」「イエス様はなんでも赦してくれるからそのままでオッケー」と言う人がいるかもしれません。が、それこそたわごとです。イエス様を信じた人には聖霊が与えられ、聖霊は罪を示し教えてくださいます。そして、罪は嫌だ、やめたい、と内側から変えてくださいます。僕らには罪がまとわりつきますが、僕らは罪をやめて聖く変えられ続けます。「罪のままでオッケー」とは思えなくなるのが信じた人の中におられる聖霊の働きです。
神様は世界の終わりを警告しています。破滅する罪からすぐに逃げるべきです。罪を告白して捨てる人は救われます。罪から離れましょう。罪は告白して捨てましょう。持っていたら一緒に滅ぼされます。
(1ヨハネ 1:8-9)
もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
(1ヨハネ 3:9)
だれでも神から生まれた者は、罪のうちを歩みません。なぜなら、神の種がその人のうちにとどまっているからです。その人は神から生まれたので、罪のうちを歩むことができないのです。
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