神様を信じるとは心だけでなく、口だけでなく、信じたように行動することです。「イスが壊れないと信じる」という人だけがイスに座ります。「車のブレーキを信じる」という人だけが車を運転します。ブレーキを信じない人は運転しないし、イスを信じない人は座りません。信じるとは、イスや車に体重を預け、命さえ預けることです。信じることは行動に現れます。「信じる」と口で言いつつ座らない人は信じてません。
ヨナタンは神様を信じました。「神様は私の味方」だと信じたヨナタンは行動に出、命を神様に預けました。
(6節)
6ヨナタンは道具持ちの若者に言った。「さあ、この無割礼の者どもの先陣のところへ渡って行こう。おそらく、主がわれわれに味方してくださるだろう。多くの人によっても、少しの人によっても、主がお救いになるのを妨げるものは何もない。」
この時、イスラエルの王サウルと一緒にいた兵士は600人で、しかも武器を持っていたのはサウルとヨナタンの2人だけです。ほとんど戦力にならないし、怖くて逃げていく人が続出していました。一方敵のペリシテ人は戦車3万、騎兵6000、歩兵は無数です。誰が見ても、ペリシテ人の勝ち、イスラエルの負けです。でも、ヨナタンは神様が味方してくださると信じて行動しました。証拠はありません。でも信じる、というのが信仰です。そして、行動するのが信仰です。もし神様のみこころでないことがわかったら引き上げれば良いだけです。
(8-13節)
8ヨナタンは言った。「さあ、あの者どものところに渡って行って、われわれの姿を現すのだ。9もし彼らが『おれたちがおまえらのところに行くまで、じっとしていろ』と言ったら、その場に立ちとどまり、彼らのところに上って行かないでいよう。
10しかし、もし彼らが『おれたちのところに上って来い』と言ったら、上って行こう。主が彼らを、われわれの手に渡されたのだから。これが、われわれへのしるしだ。」11二人はペリシテ人の先陣に身を現した。するとペリシテ人が言った。「おい、ヘブル人が、隠れていた穴から出て来るぞ。」12先陣の者たちは、ヨナタンと道具持ちに呼びかけて言った。「おれたちのところに上って来い。思い知らせてやる。」ヨナタンは道具持ちに言った。「私について上って来なさい。主がイスラエルの手に彼らを渡されたのだ。」13ヨナタンは手足を使ってよじ登り、道具持ちも後に続いた。
彼らの前には切り立った岩がありましたが、彼はよじ登ります。妨害、障害だらけです。それでも彼は神様の勝利を確信して行動します。確信は力を生み出し、行動を生み出します。信仰は恐れを消します。彼らは「主がイスラエルの手に彼らを渡された」と信じてその通りに行動します。勝利決定の確信の中で動いています。神様は僕らの行動ナシでも何でもできます。が、神様は人間の決断や一歩踏み出す行動を用いてくださいます。
(13-14節)
13ヨナタンは手足を使ってよじ登り、道具持ちも後に続いた。ペリシテ人はヨナタンの前に倒れ、道具持ちがうしろで彼らを打ち殺した。14ヨナタンと道具持ちが最初に討ち取ったのは約二十人で、一ツェメドのおおよそ半分の広さの場所で行われた。
2人で20人の敵と戦って彼らに勝ちました。もちろん彼らの力ではありません。そして、このことがきっかけで、何万の敵兵全員が恐れに取り憑かれます。神様は武器や人数とは関係なく、相手の心を恐れさせて勝利させてくださいます。
(15節)
15そして陣営にも野にも、すべての兵のうちに恐れが起こった。先陣の者、略奪隊さえ恐れおののいた。地は震え、非常な恐れとなった。
主はご計画をなしてくださいます。その時に僕らの一歩を、僕らがすべき信仰の行動を用いてくださいます。「神様にお任せで、自分はゴロゴロしてるだけ」というのは間違いです。信頼する人には行動するべきことがあります。「全部自分でやらなければ」というのも間違いです。神様がすごいことをなしてくださいます。
信じるとは、神様に自分の全体重を預け、命さえ預けることです。信じることは行動に現れます。主は信じて一歩行動したことを喜んで用いてくださいます。僕らはキリストの器官です。僕らの行動を主が用いられます。主のなさる大きなことと僕らの小さな信仰の一歩ははセットです!
0 件のコメント:
コメントを投稿