人々を罪と死から救ってくださるキリストがこの地上に現れることは、そのずっと前から預言されていました。旧約聖書(イエス様が来られる前に与えられた約束)にはその預言がたくさん書かれています。そして、使徒ヨハネはこの福音書を書いて「間違いなくこの方がキリストです。あなたが、読む方々が信じるためです」と強調しています。
(35節)
これを目撃した者が証ししている。それは、あなたがたも信じるようになるためである。その証しは真実であり、その人は自分が真実を話していることを知っている。
(ヨハネ20:31)
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
イエス様は十字架刑で処刑されましたが、その一つ一つが預言の実現でした。ヨハネはそれらの預言との整合性を強調して、「この方が預言されていたキリストです!」と伝えています。キリストを信じて赦され、赦されて命を得て欲しいという願いと祈りがあります。
まず、両側で殺された犯罪人は足の骨を折って殺されましたが、イエス様だけは折られませんでした。これも預言の通りです。
(32-33節)
そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた一人目の者と、もう一人の者の脚を折った。33イエスのところに来ると、すでに死んでいるのが分かったので、その脚を折らなかった。
(36節)
これらのことが起こったのは、「彼の骨は、一つも折られることはない」とある聖書が成就するためであり…
イエス様が処刑されたのはユダヤ人の「過越の祭り」の初日でした。これは、昔、モーセの時代に神様がエジプトの罪を裁き、全ての家庭の長男を殺された時のことを思い出す祭りです。その時にイスラエル人の家だけは身代わりに羊を殺し、その血(命)によって裁きは過ぎ越され、免除されました。そして、その羊の骨は折ってはならない、と書かれています。
(出エジプト12:46)
これは一つの家の中で食べなければならない。あなたはその肉を家の外に持ち出してはならない。またその骨を折ってはならない。
そのようにキリストは骨が折られることのない身代わりの羊として殺されました。処刑している兵士達には自覚はありませんが、全てが神様のご計画の実現です。また、殺されるキリストの骨は折られないという預言は他にもあります。
(詩34:20)
主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない。
また、キリストは槍で刺されました。他の囚人は刺されないのに、イエス様だけが刺されています。これも預言の実現でした。
(33-37節)
イエスのところに来ると、すでに死んでいるのが分かったので、その脚を折らなかった。34しかし兵士の一人は、イエスの脇腹を槍で突き刺した。すると、すぐに血と水が出て来た。(…中略…)37また聖書の別のところで、「彼らは自分たちが突き刺した方を仰ぎ見る」(ゼカリヤ12.10)と言われているからである。
そしてイエス様は金持ちの墓に葬られます。イエス様を信じてはいたけどそれを隠していた有力議員アリマタヤのヨセフ、そして、律法学者のニモデモがイエス様のために葬りの準備をします。これも「彼は富む者とともに葬られた。」(イザヤ53.9)という預言の実現です。
(38-42節)
その後で、イエスの弟子であったが、ユダヤ人を恐れてそれを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取り降ろすことをピラトに願い出た。ピラトは許可を与えた。そこで彼はやって来て、イエスのからだを取り降ろした。39以前、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬と沈香を混ぜ合わせたものを、百リトラほど持ってやって来た。40彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料と一緒に亜麻布で巻いた。41イエスが十字架につけられた場所には園があり、そこに、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。(…中略…)彼らはそこにイエスを納めた。
イエス様の処刑と埋葬の記録は単なる記録ではありません。このイエス様こそ神様の預言の通りに現れ殺され埋葬された救い主であり、これを読む僕らが赦されていることと、永遠の命を持っていることを信じるためのものです。
(ヨハネ20:31)
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
イエス様の処刑は偶然でも、単なる悲惨な出来事でもありません。神様から僕ら人類へのメッセージです。これが書かれたのは「あなたがたも信じるようになるためである。」(35節)と書かれています。そして「その証しは真実であり」(35節)ともあります。イエス様は神様が何千年もかけて僕らに語りかけてくださっている間違いのない赦しと救いと命のメッセージです。今日も僕らがこの方に信頼して神様の命と繋がって歩めますように。
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