イエス様が地上に来られたのは、僕ら人類の全ての罪を背負い、僕らのために全ての責任を負って殺されるためです。イエス様が地上に来られるずっと前からそれは神様によって計画され、預言されて来ました。全ての栄光を持っておられる神様が全ての栄光を手放し、最後の持ち物である下着さえも奪われて行きます。この苦しみも神様によって計画されていました。旧約聖書に預言されていたことが実現してきます。
(23)
23さて、兵士たちはイエスを十字架につけると、その衣を取って四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。また下着も取ったが、それは上から全部一つに織った、縫い目のないものであった。24そのため、彼らは互いに言った。「これは裂かないで、だれの物になるか、くじを引こう。」これは、「彼らは私の衣服を分け合い、私の衣をくじ引きにします」とある聖書(詩篇22.18)が成就するためであった。それで、兵士たちはそのように行った。
兵士たちはイエス様の服を奪い、くじ引きにして分けます。兵士たちには自覚がありませんが、全てが神様のご計画どおりです。
イエス様は全てを奪われて行きます。渇くことのない命の水を無限に与える方(ヨハネ4.14)なのに渇いて死んでいきます。これも神様のご計画であり、旧約聖書の実現でした。(詩篇22.15)イエス様ご自身は全てを手放すことが人類の救いのための犠牲だと知っていたし、そのために地上に来たことを知っていました。
(28-30節)
28それから、イエスはすべてのことが完了したのを知ると、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。29酸いぶどう酒がいっぱい入った器がそこに置いてあったので、兵士たちは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝に付けて、イエスの口もとに差し出した。30イエスは酸いぶどう酒を受けると、「完了した」と言われた。そして、頭を垂れて霊をお渡しになった。
「完了した」とは、罪の負債を全部「支払った」という意味です。そのためにイエス様は地上にきてくださいました。全てを与えつくし、自分の命も霊も神様に100パーセントささげました。僕らの罪とその結果としての呪いを完全に終えてくださいました。
僕らは罪悪感をいろんな方法でそれを取り除こうとします。良いことをして埋め合わせようとしたり、自分を正当化して罪から逃れようとします。でも福音はそんな僕らを罪から、そして絶望から救います。僕らが受けるべき罪の呪いや代価はもう、完了してます。僕らは無罪とされました。これが福音です。
この方以外には救いはありません。そして、この福音にこそ救いがあります。イエス様は全てを与え尽くしてくださいました。僕らのために、いのちの全部をです。このことを考える時、僕らは感謝と恐れを持って主にお仕えしたいと思わされます。主こそ全てです。たたえます。
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