神様のことは、人間には全部はわかりません。僕らの理解は小さいものです。が、神様はそれでも僕らがわかる範囲で教えようとしてくださってます。イスラエルのソロモンという王様も、ヒゼキヤという王様も神様の言葉によって国を治めていました。神様は圧倒的に大きく高く、人が全部理解できる相手ではありません。それでも、彼らは神様のご計画を知ろうと求めました。神様の御心を求めることは栄誉あることです。
1 次もまたソロモンの箴言であり、ユダの王ヒゼキヤの人々が書き写したものである。
2 事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王の誉れ。
神様は小さな僕らにもちょうどよく教えてくださいます。それは僕らが従うためだし、従うことは僕らが小さなアタマで考えるよりもずっと正しく間違いのない祝福の道です。
(申命 29:29)
隠されていることは、私たちの神、主のものである。
しかし、現わされたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行なうためである。
今日も神様は聖書によって教えてくださいます。僕らの心が開かれて神様のことばが入っていくことが神様の願いです。それは僕らが高ぶったり道をそれたりして破滅の道を行かないためです。
イエス様を信じた人は御霊が与えられ、御霊は自分が高ぶりや怒りに流されていることを教えてくださいます。自制する力は、神様が与えてくださる御霊のプレゼントです。自制できない人は敵に侵略されてメチャクチャにされた町のようだと聖書は言います。
28 自分の霊を制することができない人は、城壁のない、打ち破られた町。
今日の聖書の箇所は高ぶりを戒め、僕らに自制することを教えています。破滅に向かう高ぶりは「私はわかっている」という態度に現れます。
(1コリント 8:2)
人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。
人の前でも神様の前でも「私はわかっている」という態度は何もいいことがありません。「自分はまだわかっていない」と思う人は心を開いて神様の言葉を吸収できます。先生や上司の前でも同じです。人から学ぶことができる人は謙遜な人です。高ぶる人は他人を受け付けず見下します。イエス様は「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。」とおっしゃいました。(マタイ23.12)
6 王の前で横柄ぶってはならない。偉い人のいる所に立っていてはならない。
7 高貴な人の前で下に下げられるよりは、「ここに上って来なさい。」と言われるほうがよいからだ。
高ぶる人は見下して他人を決めつけます。他人を訴えたり、他人を悪く証言したり、他人の噂を流したりします。しかし、それは自分を苦しめるだけです。
8 軽々しく訴えて出るな。そうでないと、あとになって、あなたの隣人があなたに恥ずかしい思いをさせたとき、あなたはどうしようとするのか。
9 あなたは隣人と争っても、他人の秘密を漏らしてはならない。
10 そうでないと、聞く者があなたを侮辱し、あなたの評判は取り返しのつかないほど悪くなる。
23 北風は大雨を起こし、陰口をきく舌は人を怒らす。
24 争い好きな女と社交場にいるよりは、屋根の片隅に住むほうがよい。
高ぶる僕らに神様は今日も聖書を通して教えてくださっています。また、信じる僕らに御霊を与え、神様の知恵を与えてくださいます。高ぶりをやめて神様のことばを求めるなら、神様は謙遜と共に必ずその知恵を与えてくださいます。その人の発言は周りの人たちに命を与える、価値のある言葉に変えられます。隣人を叱ることがあっても、それには神様の知恵と愛がある価値のある叱責です。
11 時宜にかなって語られることばは、銀の彫り物にはめられた金のりんごのようだ。
12 知恵のある叱責は、それを聞く者の耳にとって、金の耳輪、黄金の飾りのようだ。
13 忠実な使者はこれを遣わす者にとって、夏の暑い日の冷たい雪のようだ。彼は主人の心を生き返らせる。
15 忍耐強く説けば、首領も納得する。柔らかな舌は骨を砕く。
さらに、神様の御霊は僕らを敵さえも愛する心を与え、平和を与えてくださいます。
21 もしあなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
22 あなたはこうして彼の頭に燃える炭火を積むことになり、主があなたに報いてくださる。
「彼の頭に炭火を積む」とは、相手が地獄で苦しむことではなく、敵を愛することによって敵は痛みを経験し和解できるということです。
僕らは弱くて小さな者なのに自分の正しさや栄光を探し求め誇ります。名誉は蜜のようだと聖書は言います。ですがそれは愚かなことです。自分の名誉ばかり求めて自制を失うことはまるで、侵略され破壊された町のようです。
27 蜜を食べ過ぎるのは良いことではない。自分の誉れを探るのは、誉れのあることではない。
28 自分の霊を制することができない人は、城壁のない、打ち破られた町。
僕らは小さなものです。ちりに過ぎないものです。そんな僕らが神様に選ばれ、愛され、今日も神様の言葉と神様の御霊を与えられています。命ももらったものです。知恵も頂き物です。立場も力も全部が頂き物です。もらったもの以外には何もありません。もう一度、初心に戻って神様に感謝しましょう。
(1コリント 4:7)
あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。
0 件のコメント:
コメントを投稿