神様ってどういう姿をしてるんだろう?と想像するかもしれませんが、誰も神様を見た人はいないし、「目に見えない神」と何度も書かれています。(1テモテ1.17、1ヨハネ4.20など)ところが、それでも神様は現れてくださいます。神様は「ことば」で現れてくださいます。
(21節)
主は再びシロで現れた。主はシロで主のことばによって、サムエルにご自分を現されたのである。
サムエルの時代、祭司も堕落しまくっていた時代です。そんな時代に神様の語りかけは稀で、もし語りかけがあったとしてもそれを聞く準備ができている人はいませんでした。
(1節)
さて、少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。
少年だったサムエルは神殿の仕事をしていましたが、彼は自分の親代わりである祭司エリに従順でした。深夜というか朝早く、寝ているサムエルに神様は呼びかけます。彼はエリに呼ばれたと勘違いしてすぐに起きて走って行きます。深夜に3回も名前を呼ばれて、何度もサムエルはエリのところに走って行きます。まさか主が呼んでおられるとは思いませんでした。彼がエリを尊敬し従順な子だったことがわかります。
(4-8節)
4主はサムエルを呼ばれた。彼は、「はい、ここにおります」と言って、5エリのところに走って行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。帰って、寝なさい」と言った。それでサムエルは戻って寝た。6主はもう一度、サムエルを呼ばれた。サムエルは起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。わが子よ。帰って、寝なさい」と言った。7サムエルは、まだ主を知らなかった。まだ主のことばは彼に示されていなかった。8主は三度目にサムエルを呼ばれた。彼は起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。
何度もこんなことがあって祭司エリはようやく「神様がサムエルを呼んでいる」ということに気がつきます。そして、主に呼ばれた時の答え方を教えてくれました。答え方は『主よ、お話しください。しもべは聞いております』です。(9-10節)
(8-10節)
エリは、主が少年を呼んでおられるということを悟った。9それで、エリはサムエルに言った。「行って、寝なさい。主がおまえを呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。」サムエルは行って、自分のところで寝た。 10主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。
僕らは「ことば」で現れる神様さえ、「これは聞く。これは聞かない」と選別してしまいます。神様のことばを評価したり選んだりしている人は神様より自分が偉い人です。神学校で学んだりしていると、いつの間にか偉い人になったかのように勘違いして牧師さんの説教を上から評価するようになったり、聖書のことばを上から目線で観察してしまいます。恥ずかしいことですが、そうなると悲惨です。神様のことばは受け取れず、神様との出会いもなくなります。恥ずかしいことに、僕も長く牧師をやっていて「私はわかっている」という態度に蝕まれて行っている気がします。高ぶりは最大の敵です。偉くなっちゃった牧師よりも、神様のことばを聞いたこともなく、何も知らない人の方が神様のことばを真正面からきちんと受け取ることができます。サムエルのように「お話しください。しもべは聞いております」という態度こそが神様と出会う正しい態度です。
神様は今でも、「ことば」でご自分を現してくださいます。そして神様の「ことば」はそのまま出来事となります。誰も神様のことばの前には逆らうことができません。今日もサムエルと同じように「お話しください。しもべは聞いております」と言いましょう。威張るのはやめましょう。「わかってる」とか、「これは聞く、これはいらない」というのはやめましょう。神様の前では全員がしもべです。「わかっている」と言う人ほどわかっていません。
神様はこの時、エリの家について厳しい裁きを告げられました。しかも、それは必ず現実となることばです。神様のことばは単に音声や文字ではなく、リアルな現実となることばです。
(11-14節)
11主はサムエルに言われた。「見よ、わたしはイスラエルに一つのことをしようとしている。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。(衝撃的で何度も耳の中で繰り返す、の意味です。)12その日わたしは、エリの家についてわたしが語ったことすべてを、初めから終わりまでエリに実行する。13わたしは、彼の家を永遠にさばくと彼に告げる。それは息子たちが自らにのろいを招くようなことをしているのを知りながら、思いとどまらせなかった咎のためだ。14だから、わたしはエリの家について誓う。エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物のささげ物によっても、永遠に赦されることはない。」
少年サムエルはこのことばをエリに伝えるのを恐れましたが、それでも隠さずそのままを伝えました。
(15-18節)
サムエルは、この黙示のことをエリに知らせるのを恐れた。16エリはサムエルを呼んで言った。「わが子サムエルよ。」サムエルは「はい、ここにおります」と言った。17エリは言った。「主がおまえに語られたことばは、何だったのか。私に隠さないでくれ。もし、主がおまえに語られたことばの一つでも私に隠すなら、神がおまえを幾重にも罰せられるように。」18サムエルは、すべてのことをエリに知らせて、何も隠さなかった。エリは言った。「その方は主だ。主が御目にかなうことをなさるように。」
預言者とは神さまのことばを「預かる人」のことです。神様はことばで現れてくださいます。預かる人はしもべです。今日も僕らは高ぶって変な味付けをせず、足したり引いたり調整したりせず、そのまま受け取りましょう。そしてそのまま伝えましょう。神さまは「ことば」で現れてくださいます。今日もそうです。神様のことばは実現し現実となることばです。このことばの前に逆らうことができる人はいません。今日も言いましょう。
「お話しください。しもべは聞いております」
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