詩篇は祈りのお手本です。そして、神様のみ心にかなった祈りです。しかも、み心にかなった祈りは必ずかなえられる、と聖書は断言しています。
(1ヨハネ5.14)
何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。
この詩篇58篇の祈りは、権力者たちの不正や暴虐を神様に神様に訴える祈りです。そして彼らが滅びることを祈っています。
(1-2節)
力ある者たちよ おまえたちは本当に義を語り人の子らを公正にさばくことができるのか。
2実に おまえたちは心で不正を働き 地で手の暴虐をはびこらせている。
不正や暴虐を行う権力者たちのことを「悪しき者ども」「偽りを言う者ども」と言い、彼らは人びとを傷つける毒のようだと言います。また、彼らは蛇使いの言うことも聞かない手のつけられない危険なコブラのようです。誰にでも毒牙で噛み付きます。
(3-5節)
悪しき者どもは 母の胎を出たときから踏み迷い 偽りを言う者どもは 生まれたときからさまよっている。4彼らには 蛇の毒のような毒がある。 耳の聞こえないコブラのように 耳を閉ざし5蛇使いの声も聞こうとしない。 巧みに呪文を唱える者の声も。
ダビデはそのような悪を行う権力者たちが全く力を失って消え去るようにと祈っています。神様には正直に心を注ぎ出して自分の願いを訴える祈りはお手本です。彼は悪が力を失い、全く影響力がなく、忘れられていくようにと祈りました。
(6-8節)
6神よ 彼らの歯をその口の中で折ってください。主よ 若獅子たちの牙を打ち砕いてください。7彼らが 流れ行く水のように消え去り 神が矢を放たれるとき 干上がりますように。8彼らが 溶けて消え行くなめくじのように 日の目を見ない 死産の子のようになりますように。
みこころにかなった祈りは聞かれ、その通りにやがて完全な正義が天のみ国で実現します。…だからと言って「この世」では悪があるのは仕方ない…とあきらめるのは違います。みこころが天で行われるように、地でも悪が完全に消えるように祈ることは「みこころにかなった」祈りです。僕らもまた権力者たちの不正や悪を神様に訴え、この世から悪の支配が消え去るように祈るべきです。神様の勝利と神様による復讐は決定されています。神様は復讐する神様です。
(10-11節)
正しい人は 復讐を見て喜び その足を 悪しき者の血で洗う。
こうして人は言う。 「まことに 正しい人には報いがある。 まことに さばく神が地におられる。」
聖書は悪を行う権力者は神様に裁かれ、「正しい人」がそれを喜び報われるとあります。
新約聖書ローマ人への手紙によると、なんとこの毒ヘビのように危険で暴虐に満ちた権力者とは僕ら全員です。僕らは全て生まれながらにして、罪を持っています。人間の全てがマムシが毒を持って人を苦しめるように全ての人間は「正しい人」の側にはいません。
(ローマ 3:10-14)
「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。(…中略…)
「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」
僕らは断罪されて滅ぼされる人でした。そんな僕らがイエス様によって赦され、受け入れられました。だから、僕らに悪影響を与える悪の力が消え去るようにと祈ります。僕らの内側にしつこく残る罪と悪を消し去ってくださるようにと祈り続けるのはみ心にかなう祈りです。そして、その祈りは聞かれます。やがてイエス様によって完全に悪が一掃される日がきます。罪とその背後にいる悪魔は完全に滅ぼされます。その時、僕らは心から喜びます。復讐は神様だけが行います。また、僕らは完全に喜びと報いを神様から受ける日がきます。
今日も祈りましょう。悪が一掃されますように。僕ら自身も完全にきよめられますように。そして、国の権力者たちもきよめられますように。罪も悪もない素晴らしい天のみ心が地でも行われますように。イエス様による完全な復讐と、そして報いがきますように。祈りは聞かれます。ハレルヤ!
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