2026年5月31日日曜日

使徒5.1-11

 使徒5.1-11


認められたいし、自慢したいし、賞賛を浴びたいし…そのような欲がしつこくまとわりついているのが僕らです。

初代教会にバルナバと言う素晴らしい人がいました。彼は自分の畑を売って、それを全額献金しました。(使徒4.36-37) もちろん神様から与えられた御霊の愛によって、です。自慢のためではありません。教会では「バルナバが高額献金したらしいよ。」「土地を売ったらしい。」「全額だって。すげえな」みたいに言われ、注目が集まったことが想像できます。もちろん全財産を売らなくてもOKだし自由です。もしも、土地を売って献金したとしても、10パーセントであっても1パーセントであっても大事なのは金額でなく、そこに神様への感謝と献身と賛美があることです。

ところが、アナニヤとサッピラという夫婦は自分の名声が欲しかったようです。ついでにお金も欲しかったようです。金と名誉を欲した彼らは土地を売って、一部だけを献金し、嘘をつきます。本当は自分のためにお金を手に入れたのに「これが全額です。全部献金します」って言ったようです。「素晴らしい人だねえ」と言われるためのウソだったようです。ペテロは「売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由」と言っています。

"ところが、アナニアという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、妻も承知のうえで、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持って来て、使徒たちの足もとに置いた。すると、ペテロは言った。「アナニア。なぜあなたはサタンに心を奪われて聖霊を欺き、地所の代金の一部を自分のために取っておいたのか。売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか。どうして、このようなことを企んだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」このことばを聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。これを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。"使徒の働き 5章1~5節


献金は神様への感謝であり献身であり愛です。だのに、自分の栄光、自分への賞賛のためのウソや罪が入り込むことがあります。今も僕らにまとわりつく罪です。


"さて、三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。ペテロは彼女に言った。「あなたがたは地所をこの値段で売ったのか。私に言いなさい。」彼女は「はい、その値段です」と言った。そこでペテロは彼女に言った。「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」すると、即座に彼女はペテロの足もとに倒れて、息絶えた。入って来た若者たちは、彼女が死んでいるのを見て運び出し、夫のそばに葬った。そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。"使徒の働き 5章7~11節


初代教会は御霊の愛と奇跡が満ちていました。同時に、神様はゴミが入らないように厳しく訓練されました。嘘をついて自分の栄光のために献金した夫妻は神様によって殺されました。これは純粋さを求める神様の厳しい訓練でした。「教会全体と、このことを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。」とあります。

僕らにもまとわりつきます。教会の奉仕の中に、賛美の中に、献金の中にプライドが自分への礼拝、自分への賛美が混じり込みます。自分の栄光のために奉仕を使うのはやめましょう。自己満足のため、承認欲求を満たすために利用し、ウソを混ぜ込むことは神様の悲しみです。神様が見ておられるのは心です。僕らの礼拝が、献金が、奉仕が御霊による感謝と賛美でありますように。身近な話です。よくある話です。神様、憐れんでください。不純物にすぐ気が付きますように。


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