民数記12章
僕らは自分に聞いてみる必要があります。自分の王国を作りたいのか、それとも神様の王国を求めているのか、と。僕らは上に立ちたくて、思い通りにしたくて葛藤します。…が、全てを支配されるのは神様だけです。
神様の権威を認め、神様の前でへり下る時に平安は戻ります。
聖書は人間が作った制度や権威であっても従いなさい、と言います。神様が与えたものだからです。
"人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられているからです。"
ローマ人への手紙 13章1節
モーセの姉ミリアムと兄アロンは自分たちも指導者になりたがりました。
モーセの妻について非難しますが、本音は「お前だけがリーダーなのが気に入らない」という高ぶりだったようです。
"そのとき、ミリアムとアロンは、モーセが妻としていたクシュ人の女のことで彼を非難した。モーセがクシュ人の女を妻としていたからである。
彼らは言った。「主はただモーセとだけ話されたのか。われわれとも話されたのではないか。」主はこれを聞かれた。"
民数記 12章1~2節
モーセの権威は神様のものです。モーセを非難する彼らに対して神様は怒り、ミリアムは7日間ひどいツァラアトに冒されて追い出されました。
"彼とは、わたしは口と口で語り、明らかに語って、謎では話さない。彼は主の姿を仰ぎ見ている。なぜあなたがたは、わたしのしもべ、モーセを恐れず、非難するのか。」
主の怒りが彼らに向かって燃え上がり、主は去って行かれた。
雲が天幕の上から離れ去ると、見よ、ミリアムは皮膚がツァラアトに冒され、雪のようになっていた。アロンがミリアムの方を振り向くと、見よ、彼女はツァラアトに冒されていた。"
民数記 12章8~10節
「神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられる」とあります。(1ペテロ5.5)ミリアムは罪の刈り取りが必要でした。見捨てられたのではありませんが、教育と矯正のために神様から苦しみが与えられました。
地上で与えられた権威は神様からのものです。権威は全て神様のものだからです。指導者には「神様にただ用いられているだけ」という謙遜さが必要です。モーセは地上の誰よりも柔和だったとあります。
"モーセという人は、地の上のだれにもまさって柔和であった。"
民数記 12章3節
彼は問題が起こるたびにひれ伏す人でした。神様に祈る人でした。裁く人ではなく人々のためにとりなし、祈る人です。モーセは神様から罰せられているミリアムのためにも叫んで祈ります。
"モーセは主に叫んだ。「神よ、どうか彼女を癒やしてください。」"
民数記 12章13節
僕らは指導者を尊重し、指導者のために祈る必要があります。それは神様が与えた権威であり立場だからです。
また、指導者はますますへりくだる必要があります。
自分に聞いてみましょう。自分の王国を作りたいのか、それとも神様の王国を求めているのか、と。全ての権威と栄光は神様のものです。ひれ伏しましょう。栄光と力を主にお返ししましょう。
ハレルヤ!
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