民数記9章
僕らの人生の判断基準は神様のことばである聖書です。どんな細かいこともそうです。わからないこと、迷うことだらけですが、そのたびに「神様はなんておっしゃいますか?」と祈って聖書の言葉を思い巡らせば必ず与えられます。「聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」(ヨハネ14.26)僕らの中に聖霊がおられます。尋ね、求めるなら必ず教えてくれます。
モーセは偉大な預言者だし指導者ですが、彼がスゴい人なのではなくて、彼が一つ一つ神様に聞きに行って答えるから、その言葉は真実だし力がありました。例えば、「過越の祭りの時に事情があって参加できない人はどうしたら良いか」と人々はモーセに聞きました。モーセは自分で答えるのではなく、神様に聞きに行きます。
"その人たちは彼に言った。「私たちは、人の死体によって汚れていますが、なぜ、イスラエルの子らの中で、定められた時に主へのささげ物を献げることを禁じられているのでしょうか。」
モーセは彼らに言った。「待っていなさい。私は主があなたがたについてどのように命じられるかを聞こう。」"
民数記 9章6~8節
大切なことは「神様が何とおっしゃっているか」です。求める人には必ず答えてもらえます。神様が沈黙されているように感じても、離れてしまったのではありません。神様はいつも一緒にいます。
神様はモーセの時代には目に見えるように神様は道を示してくださいました。
イスラエルはGPSも地図もない荒野を40年間旅をしましたが、当時はことばだけではなく、誰の目にも見える雲の柱があり、夜には火の柱で神様が一緒にいることをわからせてくださり、先導してくれました。
"いつでも雲が天幕から上るときには、その後でイスラエルの子らは旅立った。また、雲がとどまるその場所で、イスラエルの子らは宿営した。
主の命によりイスラエルの子らは旅立ち、主の命により宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営した。
雲が長い間、幕屋の上にとどまるときには、イスラエルの子らは主への務めを守って、旅立たなかった。
また、雲がわずかの間しか幕屋の上にとどまらないことがあっても、彼らは主の命により宿営し、主の命により旅立った。
雲が夕方から朝までとどまるようなときがあっても、朝になって雲が上れば、彼らは旅立った。昼でも夜でも、雲が上れば旅立った。
二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって、去らなければ、イスラエルの子らは宿営を続けて旅立たなかった。しかし、雲が上ったときは旅立った。
彼らは主の命により宿営し、主の命により旅立った。彼らはモーセを通して示された主の命により、主への務めを守った。"
民数記 9章17~23節
止まる時、進む時、右に行くか、左に行くのか、全ては神様しだいです。自分らの判断、快適さ、効率の良さではありません。
大切なのは神様から離れず、神様のタイミングで動くことです。まるで二人三脚のようです。人間同士の二人三脚はストレスだらけですが、イエス様との歩みは平安があります。イエス様はおっしゃいます。
(マタイ11.28-29)
あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。
僕らはまるでイエス様とくびきで繋がっているかのようです。イエス様と一緒に歩く人には安らぎがあります。道は必ず教えてもらえます。自分に判断力とか知恵がない人は幸いです。その人は神様を求めやすいし、そんな人には神様は惜しみなく、とがめることなく教え与えてくださいます。
"あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。"
ヤコブの手紙 1章5節
逆に、神様に聞かず、自分の判断ばかりを優先する人は不幸です。そこには平安も幸いもありません。神様はあえて知恵や力がある人を選ばず、弱く愚かな人を選ばれました。
"兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。
しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。"
コリント人への手紙 第一 1章26~27節
モーセが偉大なのではなくて、モーセは一つ一つ神様に聞きにいったことが彼が確かな指導者となった理由です。また、イスラエルがいつも神様の雲の柱の動きを見て行動したことが彼らの強みであり安心でした。
僕らも神様に一つ一つ聞きましょう。どんな小さなことも聞きましょう。神様が行きなさいとおっしゃるときには進み、神様が止まるときには止まりましょう。イエス様との二人三脚です。神様が私たちから離れる事はありません。ハレルヤ!
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