嘘つくことも、盗むことも、傷つけあうことも、淫らなことも、みんな神様と離れて自分でなんとかしようとした結果です。自分で選んだつもりでも、実は罪の側が僕らを奴隷のように縛ります。いつの間にか「やめたいけどやめらられない」関係にハマります。抜けられなくなった人が「逮捕されて実はほっとした…」もよく聞く話です。
罪は僕らを縛り、利用し、死ぬまで隷属させる横暴な主人のようです。
逃れられなくて、苦しくて、「死にたい」という人もいます。
ただ1つの解決が「死」というのは実は本当です。
罪に縛られた人は「死ぬこと」によってのみ終わりにできて脱出できます。
そうじゃないと、罪は一生僕らを縛り続けます。
これは自殺を勧めているのではありません。
イエス様を信じて、イエス様と一つになるバプテスマを受けることは、罪の奴隷の自分がイエス様と一緒に死ぬこと、と聖書はいいます。
"それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。
私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。"
ローマ人への手紙 6章3~4節
イエス様が十字架で死んだ時、僕らも死にました。
イエス様を信じた時、殺されたイエス様と僕らは一つになりました。
もう罪の奴隷ではありません。死んだ人はもう利用できません。罪から解放されました。
"私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。
死んだ者は、罪から解放されているのです。"
ローマ人への手紙 6章6~7節
解放されて、フラフラしてるのではありません。
バプテスマは「洗礼」と言われるけど、本来の意味は「浸される」とか「一体になる」という意味です。今度はイエス様とひとつになりました。
"それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。私たちがキリストの死と同じようになって、キリストと一つになっているなら、キリストの復活とも同じようになるからです。"
ローマ人への手紙 6章4-5節
"私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。"
ローマ人への手紙 6章8節
イエス様は自由を与えてくださる神様です。 僕らは自由です。もう罪に縛られません。罪に対しては死んだ人です。そう認めなさい、と聖書は言います。
"同じように、あなたがたもキリスト・イエスにあって、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと、認めなさい。"
ローマ人への手紙 6章11節
"罪があなたがたを支配することはないからです。"
ローマ人への手紙 6章14節
罪はもうご主人様ではありません。僕らを支配する事はできません。
僕らは自由です。新しくイエス様とひとつになりました。
毎日、自由と喜びといのちを与えてくださるイエス様です。
悪いクセが残っていたら、手放しましょう。
別れたはずの横暴な主人が今日も心に入り込もうとします。
でも、もう別れました。死別しました。
今はイエス様と新しい人生が始まっています。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(2コリント5.17)
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