使徒3.16 与えられる信仰
危険な状況の中でも信仰(信頼)が与えられて、神様が共にいて、なしとげてくださることを確信して落ち着いている時があります。ところが、同じ状況でも「どうしよう…」「これ無理…」「失敗する…」と不安でいっぱいになる時もあります。
信仰(信頼)は自分で作り出すものではなく、御霊によるプレゼントです。
歩けない人が歩けるようになった力は、イエス様の名前(権威)によるものだけど、その力を信じて受け取るのが「信仰」です。
40年も歩けなかった乞食に、ペテロは「キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と命じました。すると彼は歩き出し、躍り上がって飛んだり跳ねたりしながら神様を賛美しました。(3章6-8節)
ペテロはこれが「信仰のゆえ」だと人々に説明しています。
"このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。"
使徒の働き 3章16節
癒してくださったのは「イエスの名(権威)」です。そして、受け取る方法は「信仰(信頼)」です。
よく読むと「イエスによって与えられる信仰」とあります。
イエス様を信頼すること全部が、与えられた信仰です。
信仰は与えられるものです。プレゼントです。信仰は賜物だと聖書は言います。
"この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。"
エペソ人への手紙 2章8節
「もっと信仰強くならなきゃ…」とか「信仰深くなりたい」とは思います。それを祈り求めるのは大切です。ですが、信仰は自分の力でコントロールできるものではありません。信仰は賜物です。与える方は御霊です。
"ある人には同じ御霊によって信仰、ある人には同一の御霊によって癒やしの賜物、"
コリント人への手紙 第一 12章9節
イエス様にだけ力があります。この方以外には救いはありません。(4.12)それを受け取るのが「信仰」です。
信仰そのものにパワーがあるのではありません。力は神様にあります。
その力を受け取るのが信仰です。信仰は与えられるものです。
今日も信仰を求めましょう。
神様のみことばを聞くほどに信頼は大きくなります。
信仰は聞くことから始まります。(ローマ10.17)
神様は信頼に値する方です。どんな時も共にいてくださり、助け、導いてくださる方です。この方を信頼しましょう。イエス様が与えてくださいます。信仰を求めましょう。ハレルヤ!
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