使徒13.38-49
「神様の恵みにとどまること」とは、「あれがダメだった」とか「これがダメだった」とか「頑張れば神様が認めてくれるんじゃないか」とか、そういう評価やランク付けじゃなくて、ただイエス様が「義と認めてくださる」「無罪と宣言してくれている」ことにとどまることです。
"ですから、兄弟たち、あなたがたに知っていただきたい。このイエスを通して罪の赦しが宣べ伝えられているのです。また、モーセの律法を通しては義と認められることができなかったすべてのことについて、
この方によって、信じる者はみな義と認められるのです。"
使徒の働き 13章38~39節
パウロは、神様から離れてしまった人間がどれだけわがままで、その結果、自分を苦しめることになったかを長く語ります。だけど、1番伝えたい事は、それでも罪が赦されること、それでも神様が義と認めてくださることです。
神様に選ばれたイスラエル人たちもずっと神様に反抗し続けました。そしてついには救い主イエス様さえも十字架で殺しました。
頑張って神様に認めてもらえるレベルではなかったはずです。今もそうです。
反対に「どうせ無理なんでしょ」と自暴自棄になってもその先は滅びです。
だからパウロとバルナバは人々と語り合い、「この神の恵みにとどまるように」と説得します。
"二人が会堂を出るとき、人々は、次の安息日にも同じことについて話してくれるように頼んだ。
会堂の集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神を敬う改宗者たちがパウロとバルナバについて来たので、二人は彼らと語り合い、神の恵みにとどまるように説得した。
次の安息日には、ほぼ町中の人々が、主のことばを聞くために集まって来た。"
使徒の働き 13章42~44節
今日も神様が罪を赦してくれること、そして義と宣言してくれることは僕らの内側を平安と喜びで満たしてくださいます。そればかりでなく神様への賛美であふれさせてくださいます。
"異邦人たちはこれを聞いて喜び、主のことばを賛美した。そして、永遠のいのちにあずかるように定められていた人たちはみな、信仰に入った。"
使徒の働き 13章48節
今日も人からの評価を恐れたり振り回されるのでなく、イエス様からの無罪宣言と「あなたは義」という宣言の中で安心しましょう。大丈夫です。イエス様を信じる人に対しては、誰が何と言おうと神様が「あなたは義です。無罪です。」と宣言してくださっています。ハレルヤ!
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