使徒25.1-12
憎まれたり、誤解されたり、トラブルに巻き込まれたりすることがあります。でも、そんなゴタゴタを超えて神様の目的は達成されます。イエス様からの語りかけを聞いて、イエス様の目的がわかっている人は強いです。トラブルの中でもゴールを見ています。
パウロははっきりとイエス様のことばを聞いて「この先どうなるか」がわかっていました。
"その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことを証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」と言われた。"
使徒の働き 23章11節
パウロはこの先ローマ皇帝カエサルの前に行って、イエス・キリストが神であり、救い主であり、世界の王です、と証言することになります。イエス様が「わたしのことをローマでも証しをしなければならない」とおっしゃるからです。
でも、目の前の現実は問題だらけです。
カイサリアに幽閉されて2年たっても、パウロに対する憎しみと暗殺計画は続きます。新しく総督になったフェストゥスにユダヤ人指導者たちは「彼をエルサレムに呼び寄せていただきたい」と言います。途中で殺すためです。
"フェストゥスは、属州に到着すると、三日後にカイサリアからエルサレムに上った。
すると、祭司長たちとユダヤ人のおもだった者たちが、パウロのことを告訴した。
そして、パウロの件で自分たちに好意を示し、彼をエルサレムに呼び寄せていただきたいと、フェストゥスに懇願した。待ち伏せして、途中でパウロを殺そうとしていたのである。"
使徒の働き 25章1~3節
フェストゥスは訴えたいなら「おまえたちの中の有力者たちが私と一緒に(カエサリヤに)下って行って、彼を訴えればよい」と言います。その通りに、ユダヤ人たちはカエサリヤに出かけます。彼らの憎しみと執念は相当なものです。
"しかしフェストゥスは、パウロはカイサリアに監禁されているし、自分も間もなく出発する予定であると答え、
「その男に何か問題があるなら、おまえたちの中の有力者たちが私と一緒に下って行って、彼を訴えればよい」と言った。
フェストゥスは、彼らのところに八日か十日ほど滞在しただけで、カイサリアに下り、翌日、裁判の席に着いて、パウロの出廷を命じた。
パウロが現れると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちは彼を取り囲んで立ち、多くの重い罪状を申し立てた。しかし、それを立証することはできなかった。"
使徒の働き 25章4~7節
パウロは自分を訴えている敵や問題だけを見ていません。悪い状況を嘆くよりも、与えられたイエス様のことばを考え、イエス様の目的に向かうことを考えています。イエス様のことばは「あなたはローマでも証しなければならない」(23章11節)です。
"すると、パウロは言った。「私はカエサルの法廷に立っているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。閣下もよくご存じのとおり、私はユダヤ人たちに何も悪いことをしていません。
もし私が悪いことをし、死に値する何かをしたのなら、私は死を免れようとは思いません。しかし、この人たちが訴えていることに何の根拠もないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。私はカエサルに上訴します。」
そこで、フェストゥスは陪席の者たちと協議したうえで、こう答えた。「おまえはカエサルに上訴したのだから、カエサルのもとに行くことになる。」"
使徒の働き 25章10~12節
訴えられる悪い状況を通してパウロはローマ皇帝カエサルに上訴することができました。憎まれたり訴えられたりすることさえも、イエス様のおっしゃった通りにローマに行く機会と変えられました。神様はどんなトラブルも神様の目的のために用いることができます。
僕らの人生も同じです。
人生の目的はイエス・キリストが神様であり王であることが証され、父なる神がほめたたえられるためです。
パウロは自分の目的ではなくて、イエス様からの目的で生きていました。それはイエス様が神であり王の王であることをローマで証しし、すべての人たちがほめ讃えるようになることです。
僕たちの人生も同じです。問題やトラブルはあるけど、「どうしてこんなことが…」と思うより、この状況の中でどうすれば神様の栄光を現すか、神様を愛することができるか、多くの人たちにイエス様を現すか、そこに向かっていけば大丈夫です。
トラブルがなくなることが目的ではありません。
トラブルを通して、神様のご栄光に向かっていくことができます。
自分の野望ではなくて、神様からのビジョンです。
全ての人たちが神様を知り、愛し、賛美しますように。ハレルヤ!
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