教会の中でスゴイことが起こると「●●先生は素晴らしい!」「●●先生に祈ってもらったから」「●●先生はアツイ」などと、つい人に注目しちゃいます。…が、栄光と力はイエス様のもの、救いも癒しもイエス様のものです。歩けなかった乞食はイエス様の名によって歩けるようになりました。でも、歩けるように祈り命じたのはペテロとヨハネです。そうするとやっぱりペテロが注目されてしまいます。人々は驚いてペテロとヨハネのところに集まってきてしまいました。ペテロは人々に言います。
(12-16)
これを見たペテロは、人々に向かって言った。「イスラエルの皆さん、どうしてこのことに驚いているのですか。どうして、私たちが自分の力や敬虔さによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。(…中略…)このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。
イエス様はこの世界の王として支配なさる方です。神様は「そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。」(13)イエス様は殺されましたが「神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。」(15)イエス様は今、天におられます。そしてもう一度この地上に来られます。その時に世界は回復し、あらゆる病気も苦しみも罪も消え去ります。そのような救い主であり王様です。ペテロとヨハネがイエス様の名によって歩けない乞食に命令したのも、イエス様にだけ栄光と癒しの力があることを表していました。
(20-21)
そうして、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにあらかじめキリストとして定められていたイエスを、主は遣わしてくださいます。このイエスは、神が昔からその聖なる預言者たちの口を通して語られた、万物が改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。
全ての権威があるイエス様をイスラエルの人々は拒否して殺しました。ペテロは彼らの罪をハッキリ言います。
(13-15)
あなたがたはこの方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。
(17-19)
さて兄弟たち。あなたがたが、自分たちの指導者たちと同様に、無知のためにあのような行いをしたことを、私は知っています。(…中略…)ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。
全ての権威をお持ちであり復活なさっているイエス様を拒否し殺することは自殺行為です。逆に、どんなに罪を犯しても、悔い改めてイエス様に聞き従うなら「あなたがたの罪はぬぐい去られます。」(19)イエス様は僕らをさばくのでなく、祝福しようとなさっています。イエス様は僕らを「悪から立ち返らせて、祝福にあずからせてくださるのです。」(26)
僕らは人にばかり注目しがちです。でも、全ての力は、賛美は、癒しは、回復は、救いは、栄光は全部イエス様のものです。イエス様に戻りましょう。イエス様に焦点を合わせましょう。救いはイエス様のものです。ハレルヤ!
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