2022年12月28日水曜日

使徒6.1-7

 世界は神様のことばで造られました。そして今も神様のことばは僕らの命であり、僕らは神様のことばによって新しくされ続けます。聖書は「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と言います。(マタイ4.4)今は「新約聖書」があるけども、使徒たちの時代はまだ新約聖書はできていず、イエス様と一緒に生活した使徒たちが口頭でみことばを伝えていました。みことばは教会の中心でした。もちろん今もその通りです人のことばでなく神様のみことばにこそ真理であり、いのちであり、全てです


初代教会のメンバーは生活の全てを共有していました。ところが人数が増えるに従って、助けあうための仕事量は多くなり、間に合わなくなっていったようです


(使徒4:34-35)

彼らの中には、ひとりも乏しい者がなかった。地所や家を持っている者は、それを売り、代金を携えて来て、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に従っておのおのに分け与えられたからである。


教会の人数は一万人を超え、使徒たちは分け合う仕事に追われるようになっていました。そんな中、苦情が寄せられました。貧しいやもめ(夫を失った女性)の中にヘブル語がわからない女性たちがいて、ことばがわからないので配給を受ける時もいつも後回しにされていたようです


(使徒6:1)

そのころ、弟子の数が増えるにつれて、ギリシア語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情が出た。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給においてなおざりにされていたからである。


立場の弱い人や貧しい人を愛し守ることは神様の願いそのものです。この問題に教会は対応する必要がありました。…ですがそこで一番大事なことは神様のことばによって、そして聖霊にによって対応することです人間の考えや知恵や力で対応するのではありません。使徒たちは、教会が何よりも神様のみことばによって作り上げるようにと願いました。みことばを教えることは教会にとって優先事項です神様のことばが人を作り、人を生かし、新しくするからですそこで、使徒たちがこれ以上みことばと祈りの時間を削って配給の仕事をするのは良くないと考えました。


(使徒6:2-4)

そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」


貧しい人たちに配給をするために奉仕者を選ぶことにしましたが、そこで大事なことは「御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人」であることです。単に能力があるだけでは神様の奉仕をすることはできません。聖霊に満ちた人、つまり自分の力で生きている人ではなく、神様に自分を明け渡している人を選びました。食卓や配給の奉仕をする人も神様のことばによってさせてもらっている人です神様の聖霊に満たされている人は他の人にもわかります。御霊に満たされていると良い実が現れるからです。(ガラテヤ5.22-23)だから「評判の良い人たち七人を選びなさい。」と使徒たちは言いました。

この提案は教会みんなの喜びとなり、七人の執事が選ばれ、配給や生活のことも大事にしながら神様のことばが広がっていったことがわかります。


(5-7)

この提案を一同はみな喜んで受け入れた。そして彼らは、信仰と聖霊に満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、そしてアンティオキアの改宗者ニコラオを選び、

この人たちを使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。

こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。


教会の中心は今日もみことばですみことばが人を作り教会を作り上げます。みことばがないならエンジンがない車のようです。教会がどんなに慈善事業を行っても、どんなに華々しいことを行っても、その中心に祈りとみことばがなければその時だけの盛り上がりですそれはもはや教会ではなくなってしまいます。


世界は神様のみことばで作られ、今日も世界もそして僕らも神様のみことばによって生かされています。今日も何よりもまず静まってみことばを求める祈りをしましょう。聖霊は僕らの心の板に今日もみことばを書き記してくださいます。みことばは僕らの道の光です。いのちですみことばによって僕らは生かされ、成長します。ハレルヤ!

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