僕らが聖書のことばを信じる理由は、それが必ず実現するからです。アブラハムは子どももいない時に神様から子孫が海の砂のように増えると言われ、そして増えた子孫に今のイスラエルの土地を与えると約束されました。その神様からのことばが本当になったのはそれから500年以上経ってからです。世界史を振り返ると、神様のことばの通りに世界史は動いています。
(2-5)
するとステパノは言った。「兄弟ならびに父である皆さん、聞いてください。私たちの父アブラハムがハランに住む以前、まだメソポタミアにいたとき、栄光の神が彼に現れ、『あなたの土地、あなたの親族を離れて、わたしが示す地へ行きなさい』と言われました。そこで、アブラハムはカルデア人の地を出て、ハランに住みました。そして父の死後、神はそこから彼を、今あなたがたが住んでいるこの地に移されましたが、ここでは、足の踏み場となる土地さえも、相続財産として彼にお与えになりませんでした。しかし神は、まだ子がいなかった彼に対して、この地を彼とその後の子孫に所有地として与えることを約束されました。
神様のことばは必ずその通りになるのですが、その通過点では人々は「なんでこんな苦しいことが起こるのか…」とか「神様が祝福してくださると言ったのに、現実は罪と悲しみばかり…」ということがあります。神様はアブラハムの子孫をエジプトで増やします。ですがそれは400年間奴隷として苦しめられることを含みます。その後にエジプトを脱出して祝福の土地が与えられることが預言されていました。そのプロセスにおいては「なんでこんな悲惨なことが…」と思うのですが、事件の一つ一つが神様に用いられて世界史が動いています。
アブラハムのひ孫の12人兄弟は下の弟ヨセフをいじめ、エジプトに奴隷として売ってしまいます。この兄たちの妬みや憎しみさえ用いて神様はヨセフを先にエジプトに遣わし、彼をエジプトの総理大臣にし食糧難に備えさせます。全てが予想外ですが、神様にとっては全てが想定内です。
(9-12)
族長たちはヨセフをねたんで、彼をエジプトに売りとばしました。しかし、神は彼とともにおられ、あらゆる苦難から彼を救い出し、エジプト王ファラオの前で恵みと知恵を与えられたので、ファラオは彼をエジプトと王の全家を治める高官に任じました。すると、エジプトとカナンの全地に飢饉が起こり、大きな苦難が襲って来たので、私たちの父祖たちは食べ物を手に入れることができなくなりました。しかし、ヤコブはエジプトに穀物があると聞いて、まず私たちの父祖たちを遣わしました。
ヨセフが奴隷として売られたこと、しかし、エジプトで総理大臣にまでなったこと、そしてその後に世界的な食糧難の時にイスラエル人たちがエジプトに移住したこと、全てが神様のご計画でした。
(6-7)
また、神は次のように言われました。『彼の子孫は他国の地で寄留者となり、四百年の間、奴隷となって苦しめられる。』
また、神は言われました。『彼らが奴隷として仕えるその国民を、わたしはさばく。それから彼らは出て来て、この場所でわたしに仕えるようになる。』
今日も神様のみことばは実現しています。アブラハムの子孫であるイスラエル人たちは祝福されます。そして、イエス様を信じた僕らも祝福されます。「信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。」(ガラテヤ3.9)
僕らは目先のことしかわからずに一喜一憂しますが、それらをはるかに超えて、神様のみことばは必ず実現します。僕らの愚かさも、失敗も罪も、神様のみことばの前には何も妨害にはなりません。愚かささえ用いられて神様のご計画は進んでいます。だから僕らはどんな時でも希望を持つことができます。
神様は僕らに祝福を約束しておられます。僕らはイエス様と一緒に勝利と栄光をいただきます。「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。」(ローマ8.18)でも同時に、現実は悲しみや苦しみの人生です。失敗したり罪を犯すこともあります。それでも神様の愛のご計画は必ず実現します。だから悲しみの中にも希望があり、苦しみの中にも喜びがあります。神様のご計画と愛がなくなることはないからです。みことば通りに歴史は動いています。しかも、それは祝福のご計画です。感謝しましょう。喜びましょう。ハレルヤ!
(ローマ 8:35-37)
私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。(…中略…)しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
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