押しつぶされような時、命の危険を感じる時に僕らがどうすべきか、今日の箇所はお手本が書かれています。
ヒゼキヤというエルサレムの王様は残酷で圧倒的に強いアッシリヤという国の王に脅されています。周りの町々はほとんど全滅してしまいました。常識的に考えるなら、もうエルサレムが滅ぼされるのは時間の問題です。
そのような時に、ヒゼキヤ王がしたことは僕らの模範です。
●その1 神様に心を注ぎだして祈る
(1節)
ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を引き裂き、粗布を身にまとって主の宮に入った。
あまりにも悲しくて苦しい時、この当時は服を引き裂き、粗布を着て悲しみを表しました。大事なことは苦しい気持ちを神様にちゃんと言うこと、表現することです。他の人に当たり散らす必要はないし、まして敵にはぶつけない方がいいです。ヒゼキヤ王は家来たちに敵には答えないように命令していました。
(36.21)
人々は黙って、彼に一言も答えなかった。「彼に答えるな」というのが、王の命令だったからである。
でも、神様には気持ちを注ぎ出しました。僕らは形式的な祈りをする必要はありません。神様の前で大泣きするような祈りをすべきです。神様は僕らの感情を与えてくださいました。神様ご自身も感情豊かな方であることが聖書に書かれています。その神様に似せて作られた僕ら人間です。僕らは人に当たらず、神様にだけは全部打ち明けて祈るべきです。
「神様に信頼すれば良い」これは正解です。…ですが前提として、ちゃんと神様に気持も、問題も、ちゃんと報告して明け渡す祈りは必要です。ストレスのイメージは自分の前に大きくて黒くて重い石がいくつもある感じです。それを一つひとつ神様に報告して、委ねます、助けてください、あなたの手にお渡しします、と具体的に祈って行くことが大事です。
ヒゼキヤ王はことばだけでなく、手紙でも脅され続けました。脅しは文書としてヒゼキヤに届きました。そこには今までアッシリアがほとんどの国を滅ぼしたこと、そして、どの宗教も助けにはならなかった事実が書かれていました。
脅しであり、事実でもあります。
(11-13節)
『おまえが信頼するおまえの神にだまされてはいけない。エルサレムはアッシリアの王の手に渡されないと言っているが。
おまえは、アッシリアの王たちがすべての国々にしたこと、それらを絶滅させたことを確かに聞いている。それでも、おまえだけは救い出されるというのか。
私の先祖は、ゴザン、ハラン、レツェフ、またテラサルにいたエデンの人々を滅ぼしたが、その国々の神々は彼らを救い出したか。
ハマテの王、アルパデの王、セファルワイムの町の王、ヘナやイワの王はどこにいるか。』」
ヒゼキヤ王はその脅しの手紙を受け取り、それをそのまま神様の前に広げて全部神様に報告しました。
アッシリアが多くの国を廃墟にしたのは事実です。そして、救ってください、と言いに行きました。
(14-20節)
ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取って読み、主の宮に上って行き、それを主の前に広げた。
ヒゼキヤは主に祈った。
「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、万軍の主よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。
主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセンナケリブのことばをみな聞いてください。
主よ。アッシリアの王たちが、すべての国々とその国土を廃墟としたのは事実です。
彼らはその神々を火に投げ込みました。それらが神ではなく、人の手のわざ、木や石にすぎなかったので、彼らはこれを滅ぼすことができたのです。
私たちの神、主よ。今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、あなただけが主であることを知るでしょう。」
僕らもメールやラインでも、何気ない会話でも傷つくことはたくさんあります。大事なことは一つ一つを神様に報告して読んでもらうことです。相手に仕返しする必要はないし、ほかの人に言いふらす必要もありません。
●その2 仲間に祈ってもらう
ヒゼキヤは自分だけで祈ったのではありません。信頼している国のリーダーたち、スタッフたちにこの悲しみを共有し一緒に祈ってもらいました。
(2節)
彼は、宮廷長官エルヤキム、書記シェブナ、年長の祭司たちに粗布を身にまとわせて、預言者である、アモツの子イザヤのところに遣わした。
さらに、預言者イザヤにも祈ってもらいました。
(3-4節)
彼らはイザヤに言った。「ヒゼキヤはこう言っておられます。『今日は、苦難と懲らしめと屈辱の日です。(…中略…)あなたは、まだいる残りの者のために祈りの声をあげてください。』」
まず、自分が祈るのは大事です。そして、同じように仲間と祈りを共有することは大事です。イエス様もそのように言われました。
(マタイ 18:19)
まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。
祈りと噂話は全然違います。祈りは聖なる神様に報告し、心を注ぎ出し、問題を委ねることです。噂話は人の評価や悪意がどうしても入ってしまいます。
●その3 みことばを聞く
神様は祈りに答えてくださいます。祈りの答えは聖書のことばによって与えられることが多いです。また、心の中に確信となって神様の導きがわかることもあります。また、神様は具体的にその問題に介入してくださいます。
ヒゼキヤの祈りに神様は答えてくださいました。この時は預言者イザヤを通して答えをくださいました。
(6節)
イザヤは彼らに言った。「あなたがたの主君にこう言いなさい。『主はこう言われる。あなたが聞いたあのことば、アッシリアの王の若い者たちがわたしをののしった、あのことばを恐れるな。
今、わたしは彼のうちに霊を置く。彼は、あるうわさを聞いて、自分の国に引き揚げる。わたしはその国で彼を剣で倒す。』」
この神様のことばの通りに、アッシリヤの18万人の兵士は神様に殺されることが後で書かれています。
復讐や仕返しは神様の領域です。僕らはお任せするために祈り、みことばを求めます。そして、神様の言葉は必ず実現します。
今日、僕らが抱えている問題やストレスを、自分の力や知恵で対処する前に、まず神様の前に丁寧に心を注ぎ出し、気持ちを注ぎ出し、問題を明け渡し、お任せする祈りをしましょう。そして、噂にせず、信頼できる仲間にも一緒に祈ってもらいましょう。人のアドバイスや意見に振り回されるのでなく、神様のことばを求めましょう。
神様は必ず祈りに答えてくださいます。神様は今日も生きて働いておられる王の王です。この神様に逆らえる人はいません。ハレルヤ!
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