聖書はイエス様を信じた人のことを「聖なる者」とか、「聖徒」と言います。その意味は「神様専用の人」という意味です。信じた人たちを「花嫁」と表現している箇所も多いです。結婚は「相手だけ」と関係することです。同じように、神様は人が偶像や世の楽しみや権力などに浮気をすることを怒ります。この怒りは神様の愛ゆえの怒りです。
18 主はご自分の地をねたむほど愛し、ご自分の民をあわれまれた。
神様の愛は「ねたむほど」です。なので、僕らが神様以外を求めるなら徹底して怒り、その罪を追求します。この怒りは非常に恐ろしいものです。(11節)そして、その怒りは「悔い改めて神様に立ち返れ」というメッセージです。(12節)聖書は全ての人が二心をやめて神様に戻るための集会をしなさい、と聖書は言います。
15 シオンで角笛を吹き鳴らせ。
断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。
16 民を集め、集会を召集せよ。
老人たちを集め、幼子、乳飲み子も寄せ集めよ。
花婿を寝室から、花嫁を自分の部屋から呼び出せ。
この当時のイスラエルも、そして現代の僕らも、本来の姿は神様から与えられる全てのもので満足し楽しみ喜ぶことです。もし、僕らが神様を裏切って怒りを受け苦しんだなら、聖書は「悔い改めなさい」「立ち返りなさい」と繰り返します。神様に戻るなら、神様はもう一度喜びと楽しみを回復させてくださいます。
19 主は民に答えて仰せられた。
「今、わたしは穀物と新しいぶどう酒と油とをあなたがたに送る。
あなたがたは、それで満足する。
23 シオンの子らよ。
あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。(…中略…)
24 打ち場は穀物で満ち、石がめは新しいぶどう酒と油とであふれる。(…中略…)
26 あなたがたは飽きるほど食べて満足し、あなたがたに不思議なことをしてくださったあなたがたの神、主の名をほめたたえよう。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
27 あなたがたは、イスラエルの真中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはないことを知る。
神様は安全や食料を保証するだけでなく、神様の霊(聖霊)そのものを与えてくださいます。聖霊が与えられると、ハッキリと神様のことばや願いがわかります。しかも、そこには恐れや疑いや不安が一切ありません。
28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
この言葉の通りに初代教会の弟子たちに聖霊が与えれました。(使徒2章)そして僕らも聖霊が与えられています。聖霊が与えられた人はハッキリと神様のことが分かって話します。教会の弟子たちはこの聖霊が与えられ、確信を持ってイエス様のことを伝えました。どんなに迫害を受けても、殺されることがあったとしても、彼らは確信と喜びと平安を失うことがありませんでした。聖霊が与えられた人には「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」という特徴があります。(ガラテヤ5.22-23)それはどんな迫害の中でも失われることがありません。
この世の終わりには戦争や災害があります。太陽は暗くなり世界中が苦しむ時を通ります。そしてそれは「主の大いなる恐るべき日」です(31節)
30 わたしは天と地に、不思議なしるしを現わす。
血と火と煙の柱である。
31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
それでも聖霊が与えられている人は愛と平安を持つことができるし、慌てることなく、神様に信頼し続けることができます。忍耐とは、ガマンのことではなく、神様の言葉を信じ続け、この苦しみの先に神様の約束された栄光を見続けることです。苦しみは回復と栄光のためのイントロです。聖書によると、僕らの人生には苦しみがありますが、その先に大きな栄光があることがわかっています。どんなことがあっても、信じる人は「永遠に恥を見ることはない」と聖書は言います。
26 わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
27 あなたがたは、イスラエルの真中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、主であり、ほかにはないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
僕らがいつも神様を第一として苦難の先の希望を見続けて歩めますように。僕らは神様に愛されています。ねたむほどにです。苦しみは悔い改めと回復のために用意されたものです。この希望は無くなりません。今日も僕らにどんなことがあっても聖霊によって神様の言葉を確信して歩めますように。
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