2023年2月9日木曜日

出エジプト記4.18-31

 モーセは奴隷にされていたイスラエル人たちを救い出す役目を与えられました。でも、本人はやりたくなかったようですいろんな言い訳をして断ります。「彼らは私の言うことを信じず、私の声に耳を傾けないでしょう。」(4.1)「私はことばの人ではありません。(…中略…)私は口が重く、舌が重いのです。」(4.10)「どうかほかの人を遣わしてください。」(4.13)などなどです


モーセは苦しむ人たちよりも自分の都合が大事ですこれがモーセの姿だし、僕らの本性です死んでいく隣人より自分の都合です。そんなモーセを神様は選び、変えてくださいます。モーセがいくら弱くても、自己中でも、神様が力を与え語るべきことばを与えてくださいます。また、王ファラオの前ですべきことも具体的に教え与えてくださいます。


(21節)

主はモーセに言われた。「あなたがエジプトに帰ったら、わたしがあなたの手に授けたすべての不思議を心に留め、それをファラオの前で行え。しかし、わたしが彼の心を頑なにするので、彼は民を去らせない。


神様はファラオがガンコになって奴隷を解放しないことをあらかじめモーセに教えます。その理由はなんと、「わたし(神様)が彼の心を頑なにするので」です。モーセは、ガンコに言うことを聞かない王に向かって、奴隷を解放するように伝えなければなりません。王ファラオが神様のメッセージを拒むほどにエジプトに神様からの災害が多くなります。最後の災害はエジプト中の子どもたち(長男)が神様に殺される、と言う裁きです


(22-23節)

そのとき、あなたはファラオに言わなければならない。主はこう言われる。『イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。23わたしはあなたに言う。わたしの子を去らせて、彼らがわたしに仕えるようにせよ。もし去らせるのを拒むなら、見よ、わたしはあなたの子、あなたの長子を殺す。』」


ファラオが拒むほどに神様からの裁きは増えます。エジプトへの最後の裁きは全世帯の長男が殺されることでした。エジプト中の長男が殺され、代わりにイスラエル全員は解放されます。彼らがガンコになるほどに、神様の救いがどんなに大きいかわかります。

神様は罪に報復されます。「罪の報酬は死です。」(ローマ6.23)僕らもガンコに神様を拒否するなら神様に裁かれます。でも、どんなガンコな人でも、どんなに酷い罪を重ねた人でも、それを認めてイエス様を信じて謝る人は赦されます。これが「福音」です。「福音」とは良い知らせ、と言う意味ですガンコさと罪の多さは赦しと恵みの大きさのイントロになります。

聖書はガンコになって罪を重ねる人には赦しの恵みも増えると教えます。「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。」と書かれています。(ローマ5.20)罪の回数はそのまま赦しの回数になります。これがイエス様の恵みです。罪が100個の人は100個赦され、罪が一万個の人は一万個赦されます。

その裁きと呪いはイエス様が身代わりに受けてくださいました。これが「福音」です。エジプトの王ファラオはガンコにされ、その結果として神様の怒りと裁きを受けることになります。罪の結果は神の怒りと裁きです。裁きは取り消されません。ですが、聖書が教える「福音」は、神様の怒りと死を受けてくださったのは僕らではなくイエス様だと伝えています。これが「福音」です


(1ペテロ3.18)

正い方が(イエス様が)正しくない者たちの身代わりになられたのです


モーセは神様からの警告を伝える役目を預かりました。相手が聞き入れなくてもこの警告を正しく伝えるのがモーセの役目です。神様からのメッセージを預かった人には「忠実さ」が要求されます。大事なことは「忠実さ」ですもし神様からの警告を預かったのにそれをちゃんと伝えない人がいるなら、その責任をその人に問うと聖書は言います。


(エゼキエル3:18)

わたし(神様)が、悪い者に『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もしあなたが彼に警告を与えず、悪い者に悪の道から離れて生きるように警告しないなら、その悪い者は自分の不義のゆえに死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。


モーセは家族と一緒に神様からの警告のメッセージを預かってエジプトに行きますが、その途中、神様からの大きな試練が与えられます。この試練はモーセ一家がますます神様に忠実になるためのものです。人間は試練によって純化され成長すると聖書は言います。(1ペテロ1.7)まず、神様はモーセを殺そうとされます。


(24節)

さて、途中、一夜を明かす場所でのことだった。主はモーセに会い、彼を殺そうとされた。


神様がモーセを殺そうとする光景を見て、奥さんのツィポラはすぐに理由がわかりました。自分が今まで神様に従ってなかったからです。それは「割礼」(男の子が生まれたら神様の子どもの印として、生殖器の皮を切り取ること)です神様は次のように言われています。


(創世記17.10-14)

あなたがたの中の男子はみな、割礼を受けなさい。11あなたがたは自分の包皮の肉を切り捨てなさい。それが、わたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなる。12あなたがたの中の男子はみな、代々にわたり、生まれて八日目に割礼を受けなければならない。(…中略…)14包皮の肉を切り捨てられていない無割礼の男、そのような者は、自分の民から断ち切られなければならない。わたしの契約を破ったからである。」


今まで「割礼は、まあいっか」と思っていたようです。「割礼」は当時の人々にとって自分も子どもたちも神様に従います、と言う表明でした。ツィポラはモーセが殺されそうになった原因がわかり、急いで神様に従いました。


(25-26節)

そのとき、ツィポラは火打石を取って、自分の息子の包皮を切り取り、モーセの両足に付けて言った。「まことに、あなたは私には血の花婿です。」26すると、主はモーセを放された。彼女はそのとき、割礼のゆえに「血の花婿」と言ったのである。


今は僕らは割礼をする必要ありませんが、イエス様を信じる人には「神様にもっと従いたい」と言う新しい心が与えられます。これを、「御霊による、心の割礼」と聖書は言います。(ローマ2.29)「まあいっか、これくらい」と思っていたことが、変えたい、変えられたいと思うようになります。これが心の割礼です神様は放っておく方ではありません。特に聖書のメッセージを伝える人には忠実さを要求されます。もちろん何年たっても完全ではないし、地上では完成しません。でも、全ての場面で神様に従いたいと思うように変えられ途中なのは事実です

神様はダメなモーセを選んでくださいました。そしてダメな僕らも選ばれています。そしてイエス様の十字架の血によって赦されています。しかも、このままでは終わりません。神様は試練を通して従うように変えてくださいます。試練は僕らを成長させます。


(1ペテロ1.7)

試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。


(1ペテロ 1.15)

あなたがたを召された聖なる方に倣い、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。


試練を通して、僕らも罪をやめて従うものとされていきますように。今日も神様によって新しい心にされていきますように。神様はそのようにしてくださいます。神様は今日も全てを神様のものにしようとしておられます。神様は素晴らしいです。ハレルヤ!

0 件のコメント:

コメントを投稿