詩篇70篇
聖書の祈りは「神よ 私を救い出してください。主よ急いで私を助けに来てください。」です。(1)この一つ前の69編も「神様、助けて」という祈りです。苦しい時、上手く行かない時に僕らは「あれが悪かったからか、それともこのせいか」と思います。確かに自分に罪があり原因があります。神様はそれをご存じです。「神よあなたは私の愚かさをご存じです。私の数々の罪過はあなたに隠されていません。」(69.5)それでも「助けて、今助けて」と祈るのが聖書の祈りです。
(1節から3節)
1,神よ私を救い出してください。主よ急いで私を助けに来てください。
2,私のいのちを求める者たちが恥を見辱められますように。私のわざわいを喜ぶ者たちが退き卑しめられますように。
3,「あはは」とあざ笑う者たちが恥をかいて立ち去りますように。
人に笑われ、バカにされることがあります。でも僕らも同じく人を笑いバカにしたことがあるはずです。苦しんでいる人を見て、「自業自得だ」とか「努力が足りないからだ」と言って助けようとしなかったこともあるはずです。でも、それでも神様は人の失敗には関係なく、その人の過去にも性格にも関係なく、神様に救いを求める祈りを教えています。そして、神様はその祈りを聞いてくださいます。
(4節から5節)
4,あなたを慕い求める人たちがみなあなたにあって楽しみ喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが「神は大いなる方」といつも言いますように。
5,私は苦しむ者貧しい者です。神よ私のところに急いでください。あなたは私の助け私を救い出す方。主よ遅れないでください。
祈る自分は貧しいものです。(5)愚かさや失敗を認めつつも「神様助けて!」と祈る時、神様は助け救ってくださる方です。神様は、恩知らずな悪人にも憐れみ深い方です。(ルカ6.35)だから自分の愚かさや罪を認めながら助けを求めましょう。「この方以外には、だれによっても救いはありません。」(使徒4.12)神様に喜ばれる人とは、自分の罪にガッカリする人です。(詩篇34.18)だから自己責任だとか、罪の報いだとか言わず、「私は苦しむ者 貧しい者です。神よ私のところに急いでください。」と言いましょう。(5)救いは立派な人に与えられるのでなく、心貧しい人に与えられるものです。(マタイ5.3)神様だけに救いを求め、神様の救いを愛する人たちがみんな喜び楽しみますように。(4)あれが悪かったからだ、とは言わずに、全部知っているのに憐れみ救ってくださる神様に感謝しましょう。この救いを愛する人たちが「神は大いなる方」といつも言いますように。今日も助けを求めましょう。「神よ 私を救い出してください。主よ急いで私を助けに来てください。」(1)
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