ヘブル5章
ふわふわ浮いているだけだと筋肉が衰えてしまうそうです。宇宙飛行士は筋力を落とさないように筋トレをし続けます。同じように、苦しみがないと神様に従う力も衰えてしまいます。苦しみは僕らのための筋トレです。苦しみや悩みがあるからこそ、その中で神様のことばを選ぶ経験ができます。イエス様が僕らのお手本です。
(8-9節)
キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、
完全な者とされ…
イエス様は僕らと同じように生まれ、育ち、労し苦しみ、飢え渇き、孤独になり、人にも神にも捨てられ殺され、苦しみの中で神様に従い続けました。神様に従うことは経験です。説明書を読むだけでは車の運転はできません。同じように苦しみは神様が僕らに与えてくださった実践訓練です「みことばを行う人になりなさい。」(ヤコブ1.22)苦しみは選択肢を与えます。それは正しく、良い方を選ぶ練習です。愛とか信仰とか希望は、実は僕らの選択でもあります。もちろん与えられます。でも同時に自分の選択です。
・やり返すか、赦すか。
・距離を取り続けるか、愛するか。
・自分の方法か、神様の方法に委ねるか。
・忍耐して待つか、自力でこじ開けるか。
・恨むか、感謝するか。
・祈るか、言いふらすか
・他で満足しようとするか、神様を求め続けるか
・従うか、投げやりになるか
・誠実でいるか、ズルをするか
・悔い改めるか、言い訳するか
・静まって神の声を聞くか、忙しさに埋もれるか
・真実を語るか、無難な嘘を選ぶか
・信じで踏み出すか、安全圏にとどまるか
(13-14節)
乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。
固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。
イエス様は誰よりも苦しみ、誰よりも神様に向かって叫び、祈り求めた方です。苦しみの中で叫び祈り求めることは僕らのお手本です。
(7節)
キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。
従順は、動画を見て学べるようなものではなく、自分で経験して覚えていくものです。たとえば「神に信頼せよ」って読むだけなら簡単です。でも、仕事を失ったり、人に裏切られたり、孤独の中で祈ったり、そういう中で初めて「信頼するってこういうことか」って分かってきます。苦しみは僕らのための筋トレです。苦しみや悩みがあるからこそ、その中で神様のことばを選ぶ経験ができます。
今日の苦しみ悩みは神様からのちょうど良い訓練です。神様に従うことを選びましょう。損しても大丈夫です。神様に喜ばれています!
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