使徒2.37-47
「ひとりがラク」「気の合う人とだけでいい」「めんどうな人はブロック」…気持ちはわかります。神様の御霊によらなければそうなっちゃうと思います。ところが聖霊に満たされた教会は変えられます。
"彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。"
使徒の働き 2章41~42節
聖霊によってバプテスマを受けた人たちは、いつも使徒たちの教えを好んで聞くために集まりました。この当時はまだ「新約聖書」として記録される前です。使徒たちの「生トーク」でイエス様のことを聞くために集まり、交わり=共有をしました。しかも、イエス様のことばは知識ではなく聖霊によって心に書かれます。
すると、考えがイエス様っぽくなります。
教会はいつもみことばを求め、交わりを求めました。イエス様のことばによって心が変えられると、周りの人との関係が変わります。
集まりの中心はみことば、パン裂き、祈りでした。パンを裂くことは、イエス様が私のためにも、あの人のためにも身代わりに死んでくださったことを思い出させます。十字架は気が合わない人のために命を捨てて赦し愛しておられることの象徴です。教会はいつも十字架を思い出すことが中心でした。
みことばとパンを裂くことは、兄弟姉妹が赦し合い、愛し合う方向に向かわせます。そして聖霊に満たされるといつも神様と語り合いたくなります。それが「祈り」です。
「ひとりがラク」とは間逆です。赦し合うため、に集まります。苦手な人をイエス様と一緒に愛するために集まります。そこには喜びがあり賛美がありました。
"財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
そして、毎日心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし
神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。"
使徒の働き 2章45~47節
「教会はこうあるべし」「こうあらねばならない」とは違います。聖霊よって神様と兄弟姉妹を愛したい、赦したいと願うようになった人たちです。
聖霊によって愛が与えられ、感謝と祈りと賛美が与えられます。受けるよりも与えたい心が与えられます。立場も考えも性格も違う人たちがイエス様と一緒に愛し合うようになります。
だから今日も求めましょう。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2.20)今も与えられます。「天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」(ルカ11.13)ハレルヤ!
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