2026年8月4日火曜日

使徒19.1-7

 イエス様は使徒たちに「あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられる」といわれました。(使徒1章5節)



聖霊によるバプテスマは単に不思議な体験をするのではありません。イエス様はおっしゃいました。



"しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」"

使徒の働き 1章8節



聖霊に浸され、満たされるときに、僕らは自分の力ではなく、神様からの力を受けます。「バプテスマ」とは「浸される」という意味です。

その結果「わたしの証人」=「イエス様を証言する人」になり、イエス様について語り、賛美し、伝える人になることです。何か「聖霊に満たされたスゴい人」になって自慢したりアピールしたりすることではありません。高められ賛美され証言されるのはイエス様です。もちろん愛や喜びが伴います。


パウロがエペソに来た時、そこの人たちは聖霊がすでに与えられることを知らないように見えました。それで、パウロは質問します。



"アポロがコリントにいたときのことであった。パウロは内陸の地方を通ってエペソに下り、何人かの弟子たちに出会った。

彼らに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは「いいえ、聖霊がおられるのかどうか、聞いたこともありません」と答えた。

「それでは、どのようなバプテスマを受けたのですか」と尋ねると、彼らは「ヨハネのバプテスマです」と答えた。

そこでパウロは言った。「ヨハネは、自分の後に来られる方、すなわちイエスを信じるように人々に告げ、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」"

使徒の働き 19章1~4節



エペソの弟子たちが教えられていたのは、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ3.2)です。後でイエス様が来られ、聖霊が与えられることは予告はされていたけど、実際にイエス様が復活され、聖霊が与えられるようになったことまでは知りませんでした。イエス様が与える聖霊のバプテスマは力と喜びと愛が内側から流れ出します。


"その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。」"

ヨハネの福音書 7章38節


流れ出る生ける水の川とは御霊のことです。(ヨハネの福音書7章39節)


パウロはエペソの人たちのために祈り、彼らはイエス様の名前でバプテスマを受けました。

そうすると彼らは約束通り聖霊に満たされました。



"これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。

パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言したりした。"

使徒の働き 19章5~6節



彼らは異言を語り、預言し、神様が彼らのうちに働いておられることが明らかになりました。聖霊に満たされた人は神様への賛美や証しがあふれ出し、神様がその人を通して働いておられることが現れてきます。

異言や預言だけがゴールではなくて、イエス様がおっしゃった通りに力を受けて、喜びに溢れて証人となり、イエス様を伝えていくことです。(使徒1章8節)


聖霊の満たしを求めることは、僕らもずっと求め続けるべきことです。聖書は、「御霊に満たされなさい。(満たされ続けなさい)」と言います。(エペソ5.18)つまり、一度だけの体験ではなく、毎日聖霊の支配を求めるようにという命令です。


聖霊に満たされることは、自分が特別な人になることではありません。イエス様をもっと愛し、イエス様をもっと賛美し、イエス様のことをもっと大胆に伝えたくなることです。

僕らも求めましょう。「今日も聖霊で満たしてください。自分ではなくイエス様を証しする人に変えてください。イエス様の愛と力で満たしてください。用いてください。」





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