2026年8月4日火曜日

使徒19.11-19

 使徒19.11-19


警察官は、「警察」の名前を使って仕事します。警察官がしたこと=警察がしたこと、と見なされます。会社員も同じです。「会社」の名前を使って仕事をします。社員がした仕事=会社がやったこと、です。警察官も会社員も大きな組織や権威の1部です。


同じように、僕らはイエス様に所属し、イエス様の体の1部とされています。(1コリント12.27)僕らが祈る時には「イエス様の御名によって」祈ります。これは僕の祈りであると同時にイエス様の権威のもとにある祈り、という意味です。「イエス様の御名によって」悪霊を追放したり病気が治るように願うのも同じです。これは僕らの力ではなく、イエス様の権威です。とんでもなく大きな権威に所属しているし、その権威を預かっています。


神様が「主の名をみだりに(意味もなく、軽く見て)口にしてはならない。」(出エジプト20.7)とおっしゃったのは、それが単なる呼び名ではなくて、神様の圧倒的な権威だからです。

祈りの最後に「イエス様の名前で祈ります。アーメン」と付ければオッケーではありません。

これは、イエス様の権威を宣言することです。どんな悪霊も力も、イエス様の名前(権威)には勝てません。今は抵抗していても、最終的にはひれ伏します。


イエス様と関係のない人が勝手にイエス様の名前を利用することはできません。エペソは魔術が盛んでした。そこにいたユダヤ人祈祷師たちは、パウロがイエス様の名前で悪霊を追い出すのを見て、試しにマネしてみました。



"ところが、ユダヤ人の巡回祈祷師のうちの何人かが、悪霊につかれている人たちに向かって、試しに主イエスの名を唱え、「パウロの宣べ伝えているイエスによって、おまえたちに命じる」と言ってみた。

このようなことをしていたのは、ユダヤ人の祭司長スケワという人の七人の息子たちであった。"

使徒の働き 19章13~14節



イエス様とつながっていない人がイエス様の名前を使っても、その権威を持つことはできません。悪霊に勝てるはずがありません。むしろ反撃に遭い、7人とも押さえつけられ、裸にされ、ひどい傷を受けてしまいました。



"すると、悪霊が彼らに答えた。「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。しかし、おまえたちは何者だ。」

そして、悪霊につかれている人が彼らに飛びかかり、皆を押さえつけ、打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家から逃げ出した。"

使徒の働き 19章15~16節



僕らがイエス様の名前で祈るのは、イエス様の権威を預かっているからです。だからイエス様の名前は軽々しく扱うことができません。恐れ、あがめ、たたえ、感謝すべき聖なる御名です。

このイエス様の御名の大きさを知ったエペソの人たちは、今まで魔術に頼っていたことを告白し、悔い改め、魔術の本を焼き捨てました。



"このことが、エペソに住むユダヤ人とギリシア人のすべてに知れ渡ったので、みな恐れを抱き、主イエスの名をあがめるようになった。

そして、信仰に入った人たちが大勢やって来て、自分たちのしていた行為を告白し、明らかにした。

また魔術を行っていた者たちが多数、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を合計すると、銀貨五万枚になった。"

使徒の働き 19章17~19節



「天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」(使徒4.12)僕らは圧倒的な「イエス様の御名(権威)」を預かっています。仕事の時も、人間関係も、お金の使い方も、何をする時にも、僕らはイエス様の権威につながっています。自分は自分のものではなくてイエス様のものです。イエス様の栄光のために、イエス様につながって生活しましょう。どんな力もイエス様には勝てません。感謝しましょう。ハレルヤ!


"ことばであれ行いであれ、何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し、すべてを主イエスの名において行いなさい。"

コロサイ人への手紙 3章17節



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