レビ23.23-44
頑張っていて、しかも順調だとどうしても神様よりも、自分に頼るようになりがちです。神様がしてくれたことよりも、自分が頑張ったから、あれをしたから、これをしたから、と自分に傾いてしまいます。
実際はうまくいっていることも、持っているお金も、健康も、家族や友達も、家があることも、当たり前ではありません。平和であることも全部が神様からの愛でありプレゼントです。
イスラエル人たち何もなく、ただ搾取される奴隷だったはずなのに、神様が彼らを助け、連れ出し、良い土地を与え、家を町を与えてくださいました。全てが神様からの愛だし祝福だしプレゼントです。
それを忘れないために、神様は一年に1度の仮庵の祭りを定めました。それは何も持っていなかった時のように1週間、仮のテントに泊まるものです。
"あなたがたは七日間、仮庵に住まなければならない。イスラエルで生まれた者はみな仮庵に住まなければならない。
これは、あなたがたの後の世代が、わたしがエジプトの地からイスラエルの子らを導き出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを知るためである。わたしはあなたがたの神、主である。」"
レビ記 23章42~43節
彼らは毎年一週間、仮のテントで家族で過ごし、今の生活が当たり前ではないことを思い出し確認し、神様のめぐみと愛に感謝します。
僕らも同じように貧しかった経験とか、さまよっていた経験、病気だった頃やいじめられていた頃を思い出し、神様がそこから救出してくださったことを確認するのは大事です。
神様は、そのために何も仕事をしない日(安息日)を設定し、守るようにと教えます。家も財産も永遠じゃないし、神様が与えてくださったものです。自分の稼ぎやがんばりでなく、100%神様の愛と恵みに頼って生きることを確認するためです。動いたり稼いだりしていると、どうしても自分の力で生きているように錯覚してしまいます。
"「イスラエルの子らに告げよ。この第七の月の十五日には、七日間にわたる主の仮庵の祭りが始まる。
最初の日には、聖なる会合を開く。あなたがたは、いかなる労働もしてはならない。
七日間、あなたがたは食物のささげ物を主に献げなければならない。八日目も、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは食物のささげ物を主に献げる。これはきよめの集会であり、いかなる労働もしてはならない。"
レビ記 23章34~36節
まる1日仕事をしない日を作ることも、断食することも、全てを手放して捧げる経験も、すべてが神様から与えられたものであることを体感するための方法です。
僕らも同じく、自分から出たものなど1つもありません。それを確認するために、一度便利なものを手放してみましょう。スマホの電源をオフにしてみたり、断食してみたりするのは、神様だけに頼るために有効な方法です。人に連絡するよりも、食べて元気をつけるよりも神様にだけ頼ること、神様に与えられていることを確認するためです。
便利なものを手放すことで何も持っていなかった頃のこと、不便だった頃のこと、貧しく苦しかった時のことを思い出しましょう。今あるのは全てが主の恵みです。神様に感謝しましょう。平伏して賛美しましょう。「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103.2)
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