2026年9月22日火曜日

2歴代18章

 2歴代18章

「神様から悪い霊を送ることがあるの?」

「それはないはず…」

と言いたいところですが、答えは「ある」です。

神様が「悪い霊」「惑わす霊」を送ったり、許可したりする箇所がいくつかあります。でも、「神様が悪を好んで行う」という意味ではありません。


サムエル記第一 16:14に「主の霊はサウルを離れ去り、主からの、わざわいの霊が彼をおびえさせた。」とあります。ここではハッキリと「主からの」わざわいの霊、とあります。

神様はサウルに突然わざわいの霊を送って怯えさせたのではありません。

それ以前にサウル自身が神様に従わないことを好み、選んでいます。

彼は主の命令に従わず、主のことばを遠ざけ、自分の意思で神様から離れています。その結果、神様の御霊は彼から離れ、悪い霊によって苦しめられる状態を神様が許可されました。



今日のアハブの箇所も分かりやすく同じです。

アハブはすでに主のことばを退けて、自分が聞きたいことを言ってくれる預言者たちを好んでいました。そして、神様のことばをそのまま語る預言者ミカヤを嫌っています。



(7節)

「私は彼を憎んでいます。彼は私について良いことは預言せず、いつも悪いことばかりを預言するからです。それはイムラの子ミカヤです。」



アハブ王の側近もまた、預言者たちに「王様が聞きたい話だけをするように」と要請しています。



(12節)

ミカヤを呼びに行った使者はミカヤに告げた。「いいですか。預言者たちは口をそろえて、王に対して良いことを述べています。どうか、あなたも彼らと同じように語り、良いことを述べてください。」



それでもミカヤは神様から与えられた真実だけを語ります。「主は生きておられる。私の神が私に告げられることを、そのまま述べよう。」(13)

ミカヤには天上の会議の様子が知らされました。それについて語ります。



(18-22節)

18,ミカヤは言った。「それゆえ、主のことばを聞きなさい。私は主が御座に着き、天の万軍がその右左に立っているのを見ました。

19,そして、主は言われました。『イスラエルの王アハブを惑わして攻め上らせ、ラモテ・ギルアデで倒れさせるのはだれか。』すると、ある者はああしよう、別の者はこうしようと言いました。

20,ひとりの霊が進み出て、主の前に立ち、『この私が彼を惑わします』と言うと、主は彼に『どのようにやるのか』とお尋ねになりました。

21,彼は答えました。『私が出て行って、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』主は『きっとあなたは惑わすことができる。出て行って、そのとおりにせよ』と言われました。

22,今ご覧のとおり、主はここにいるあなたの預言者たちの口に、偽りを言う霊を授けられました。



神様がアハブに「真実を聞かせたくない」と思ったわけではなく、ミカヤを通して、本当のことを何度も伝えています。でもアハブは、「自分が聞きたいことだけを聞きたい」という人になり、神様も預言者たちが惑わすのを許可されました。でも、その「気にいることだけを聞きたい」と貫いたことは神様の裁きとして用いられることになってしまいました。

神様はその人が偽りのことばを求め、偽りのことばに聞き従う時に、それを許可されるようです。アハブが神様のことばを嫌い、自分のお気に入りのことばだけを求めたこと、彼の願いはかないました。願った通りに偽りのことばによって戦争に進み、殺されてしまいました。


(33-34節)

そのとき、ある一人の兵士が何気なく弓を引くと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。王は戦車の御者に言った。「手綱を返して、私を陣営から出させてくれ。傷を負ってしまったから。」

その日、戦いは激しくなった。イスラエルの王は、アラムに向かって夕方まで戦車の中で立っていたが、日没のころになって死んだ。



僕らは真理を選ぶのか、偽りを選ぶのか、自分で決めることができます。僕らが思うよりずっと神様は僕らの選択を尊重されるようです。時にはその選択を裁きとして用いられることもあるようです。アハブは真実を聞く機会があったのに、自分の好みのことばを選び続けました。自分が選んだことです。


僕らも「神様、私の願っている答えをください」「僕はこうするので、助けてください。認めてください」と願いがちです。もちろん願いを素直に口にするのは良いことです。聖書は僕らの願いを素直に求めるように教えます。(マタイ7.7、ピリピ4.6など)


でも、僕らの願いが神様が与えようとされる祝福の道とは限りません。

祈りのゴールは「御心が天で行われるように、地でも行われますように」「わたしの願いではなく、御心になるように」です。(ルカ22.42、マタイ6.10など)


「神様、僕が聞きたい答えではなく、あなたの言葉を聞かせてください。真実を聞きたいです。」という姿勢はすごく大事です。

神様は僕らの選択を無理やり止めるわけではありません。そして、そのまま進むことが僕らにとって良いこととは限りません。むしろ神様との関係を失う場合さえありえます。

僕らの願いや好みはあります。素直に認めましょう。でも同時に、神様の願いを求め、みことばを求め、真実を求める僕らでありますように。

そこにこそ祝福があるからです。僕らが自分から神様のことばから離れることがありませんように。

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