2026年9月23日水曜日

2歴代19.5-20.19

2歴代19.5-20.19


人の顔色を見て動くのは疲れます。でも神様のために動くのは喜びがあります。

ヨシャファテ王は裁判官を任命するときに、人のためではなく、神様のために仕事をするように言いました。

大事なのは「誰の顔を見て動くのか」です。裁判官は神様を恐れて判断します。ヨシャファテはそのように国を指導しました。




(19.5-7)

6,彼はさばき人たちにこう言った。「あなたがたは自分のすることに注意しなさい。あなたがたがさばくのは、人のためではなく、主のためだからだ。この方は、さばきが行われるとき、あなたがたとともにおられる。

7,今、主への恐れがあなたがたにあるように。忠実に行いなさい。私たちの神、主には、不正をすることも、えこひいきをすることも、賄賂を取ることもないからだ。」


会社でも、教会でも、学校でも、町内会でも、「この人に気に入られておけば大丈夫」「この人に聞けば大丈夫」みたいな人がいるかもしれません。でもそれは虚しいし不安定だし疲れます。僕らが求めるべきは神様です。神様のために仕事をし、神様に聞き、神様の判断で決断します。そこには天からの喜びと祝福と平安があります。

ヨシャファテは、19章では平和な時に神様を恐れて判断する国を作ろうとし、20章では危機の中でも神様を求めます。

平和な時に神様を誰よりも求める国の文化ができると、危機的な状況の中でも同じように神様を第一に求めることができます。

トラブル時に僕らはあたふたするけど、ヨシャファテとこの国は徹底して「神様を求め、神様の御心に従う国」でした。

敵が攻めてきた時に国民全員はまず第一に神様を求めて断食して祈りました。「ユダの人々はみな主の前に立っていた。」とあります。(13)



"その後のことであった。モアブ人とアンモン人、および彼らに合流した一部のアンモン人が、ヨシャファテと戦おうとして攻めて来た。"

歴代誌 第二 20章1節



"ヨシャファテは恐れた。そして心に決めて主を求め、ユダの全土に断食を呼びかけた。

ユダの人々は集まって来て、主の助けを求めた。実にユダのすべての町から人々が来て、主を求めたのである。"

歴代誌 第二 20章3~4節



ヨシャファテは国の代表として人々の前で神様に祈ります。

今置かれている危機的状況をちゃんと言葉にして神様に訴えます。

そして「私たちには力がありません」と告白します。



"ご覧ください。彼らが私たちにしようとしていることを。彼らは、あなたが私たちに相続させてくださったあなたの所有地から、私たちを追い払おうとしてやって来たのです。

私たちの神よ。彼らをさばいてくださらないのですか。攻めて来るこの大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいのか分かりません。ただ、あなたに目を注ぐのみです。」

ユダの人々はみな主の前に立っていた。彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちもともにいた。"

歴代誌 第二 20章11~13節



知恵も力も神様からのものです。19章で裁判官たちは自分の判断でなく神様の判断を求めたように、有事の際もその姿勢は同じでした。

僕らの人生も平和な時も危機的な時もあります。両方とも主権者は神様です。人の判断が中心ではなく、神様のみことばに聞き従います。

普通、敵が攻めてきたら「どう戦う?」「交渉できる?」などと考えますが、ヨシャファテは「私たちとしては、どうすればよいのか分かりません。ただ、あなたに目を注ぐのみです。」と求めて祈っています。

神様には力も知恵もあります。神様に求めるときに、神様は必ず必要な答えをくださいます。

この時も神様は預言者を通して勝利の約束を与えてくださいました。



"ときに、主の霊が会衆の中で、アサフ族の出であるレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。彼はマタンヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。

彼は言った。「ユダのすべての人々、エルサレムの住民、およびヨシャファテ王よ、よく聞いてください。主はあなたがたにこう言われます。『この大軍のゆえに恐れてはならない。おののいてはならない。これはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである。

明日、彼らのところに攻め下れ。見よ、彼らはツィツの坂を上って来る。あなたがたはエルエルの荒野の前、谷の外れで彼らに出会う。

この戦いは、あなたがたが戦うのではない。堅く立って、あなたがたとともにおられる主の救いを見よ。ユダとエルサレムよ、恐れてはならない。おののいてはならない。明日、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにおられる。』」"

歴代誌 第二 20章14~17節



今日も神様を求める日でありますように。

仕事でも、人間関係でも、将来のことも、何をするにも神様を求め、神様のため動き、そして、神様に従う日でありますように。「どうしたらいいかわからない」のは恥でも悪でもありません。神様を求めますように。ハレルヤ!

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