2歴代24章
教会育ちの子の段階を、親信仰→友達信仰→自立信仰と分類することがあります。
小さい子は親に連れられて教会に行きます。よくわからないけど、それが当たり前、と言う感じです。これが親信仰です
そのうちに”友達がいるから”とか”仲間がいるから、楽しいから”など、友達や仲間に支えられての信仰になったりします。これが友達信仰です。
僕らが目指すのは、自立信仰です。親でも友達でもなく、自分と神様との関係がしっかりし、強く太くなり、自分で神様に聞いて従うような「神様ダイレクト」の関係です。これが自立信仰です。
7歳で王様になったヨアシュはまさに親信仰でした。自分から神様に聞いて国を導く、という力がありません。祭司エホヤダが親です。エホヤダは悪女アタルヤを殺し、偶像礼拝から神様を礼拝する国にいのちがけで改革しためちゃくちゃ強い指導者です。
この指導者エホヤダがいる間は、少年ヨアシュ王も神様に従うことができました。
"ヨアシュは、祭司エホヤダが生きている間は、主の目にかなうことを行った。"
歴代誌 第二 24章2節
人々は神様よりも、ヨアシュ王よりも”エホヤダ”に従っていました。王が「神殿を再建する!」と掛け声をかけても、あまり人々は動きません。
"その後のことであった。ヨアシュは主の宮を新しくすることを志し、
祭司とレビ人を集めて、彼らに言った。「ユダの町々へ出て行き、あなたがたの神の宮を毎年修繕するために、全イスラエルから金を集めて来なさい。あなたがたは急いでそのことをしなければならない。」ところが、レビ人は急がなかった。"
歴代誌 第二 24章4~5節
実際この国を動かしていたエホヤダに王がお願いし、エホヤダが人々に命令すると国は動き、神殿を建てなおすことができました。
"そこで王は、かしらであるエホヤダを呼んで、彼に言った。「なぜあなたはレビ人に要求して、主のしもべモーセとイスラエルの会衆があかしの天幕のために定めた税金を、ユダとエルサレムから持って来させないのですか。」"
歴代誌 第二 24章6節
"彼らは、神のしもべモーセが荒野でイスラエルに定めた税金を主のもとに持って来るように、ユダとエルサレムに布告した。
すべての首長たちとすべての民は喜んでそれを持って来て、あふれるまで箱に投げ入れた。
その箱がレビ人によって王の役所に運ばれるたびに、多くの金額があることが確認されると、王の書記と祭司のかしらに仕える管理人が来て箱を空にした。そして、それを持って行って元の場所に戻した。彼らは毎日このように行い、多くの献金を集めた。
王とエホヤダは、これを主の宮の奉仕の働きをする者に渡した。彼らは、主の宮を新しくするために石切り工と大工を雇い、さらに、主の宮を修繕するために鉄と青銅の職人を雇った。
仕事をする者は仕事をし、彼らの手によって修復作業が進んだ。彼らは、神の宮を元のとおりに建て、これを補強した。
工事が終わると、彼らは残った金を王とエホヤダの前に持って来た。その金で、主の宮の用具、すなわち、儀式や全焼のささげ物の用具、深皿、金銀の器が作られた。エホヤダが生きている間、主の宮では絶えず全焼のささげ物が献げられた。"
歴代誌 第二 24章9~14節
エホヤダがいる間はこの国は守られました。
問題はこの祭司エホヤダが死んでしまった後です。
ヨアシュ王は自立信仰には至ってません。指導してくれる強い人を失った彼は周りの言いなりです。国は再び偶像礼拝に流されていきます。
"エホヤダは老年を迎え、長寿を全うして死んだ。死んだとき、彼は百三十歳であった。
彼はダビデの町に王たちとともに葬られた。彼がイスラエルにおいて、神とその宮に対して良いことを行ったからである。
エホヤダの死後、ユダの首長たちが来て、王を伏し拝んだ。それで、王は彼らの言うことを聞き入れた。
彼らは父祖の神、主の宮を捨て、アシェラと偶像に仕えた。彼らのこの罪過のゆえに、御怒りがユダとエルサレムの上に下った。"
歴代誌 第二 24章15~18節
「教育とは魚を与えることではなく、魚の釣り方を教えること」とよく言われます。ヨアシュ王は神様の言葉を与えられていたけれども、「自分で神様のところに行き、自分で御言葉を求め聞き従う方法」は学んでいなかったようです。
僕らが目指すは自立信仰です。
僕らが子どもたちに、次の世代に教えるのも自立信仰です。もちろん仲間は大事です。それでも「神様ダイレクト」を目指します。そうでないといつも状況に振り回され、周りに振り回されてしまいます。
今日も、僕らが直接、神様に聞き、従いますように。
状況がかわっても、指導者が変わっても、ブレることなく、神様に聞き、確信を持って歩むことができますように。
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